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古市 大藏の岡山表町慕情_vol.15
26 December 2025
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岡山のまちづくり・ひとづくりの立役者であり世話人、古市氏による表町を舞台にした考察コラム。
Photo:Masatoshi Kaga(bearmon) text: PLUG


古市 大藏
(株)トミヤコーポレーション 代表取締役 会長
1945年岡山市生まれ。世界の一流品を扱う時計・宝石などの専門店を岡山県内に12店舗展開する㈱トミヤコーポレーションの代表取締役会長。岡山商工会議所副会頭のほか様々な地域経済団体でも役職に就き、長年に渡って岡山のまちづくりに尽力し、地域を担う若手の育成や教育にも携わっている。商人の精神「三方よし(売り手・買い手・世間)」に(地球・未来)を加えた「五方よし」の精神で地域の未来を見据える。


ーー表町に“ブックスクエア”誕生

今夏、表町にそれぞれの個性を持った4書店が集う「オモテマチ・ブックスクエア」がオープンしました。空き店舗を取得・改装し、本を通じてにぎわいを生み出す狙いで、私が出資する表町ルネサンスが中心となり、総額約1億3千万円を投じて整えたものです。女性の感性に寄り添う絵本・育児・ファッション誌中心の『Her Story(ハー・ストーリー)』、歴史・スポーツなど男性誌中心の『His Story(ヒズ・ストーリー)』、美術・芸術の専門書とギャラリー機能を備えた『Agedor(アジュドール)』、そして4月に先んじて開店した文学・実用書の『正夢書房』。街路を挟んで4つの書店が“横”に響き合う構えは、かつて誰かが言った「商店街は《ヨコの百貨店》」という表現を、いまの時代にもう一度有効なかたちで呼び戻す試みでもあります。『Her Story』の2階にはカフェを併設しました。読書会やセミナー、語らいの場として使えるように整え、本を介して人が集まる機能を備えています。『Agedor』は4階建てのキャパシティを活かし、個展や講座、作家と読者が交わる会合など、芸術の息づく拠点に育てていきたい。私は、書店という装置が人の心を耕し、通りの空気を変え、やがて街の表情そのものを変えていくと信じています。通りの動線と滞留のリズムを意識し、朝の散歩、昼の買い物、夕方の語らいと、時間帯ごとに居心地が切り替わる場にしたい。こうした小さな循環が日常化するほど街は強くなる、そう考えています。


ーー街の装いから始まる

今回の取材テーマとして、PLUG MAGAZINEから「地方創生」ならぬ「地方“装”生」という言葉が提示されました。私はこの問いかけに、次のように応えたいと思います。――地方の再生は、まず街の装いから始まる――と。かつての表町は、晴れ着で歩くのが似合う“ハレの舞台”でした。通りには「見る/見られる」の関係が自然に生まれ、その相互作用が街の輝きをつくっていた。ところが時代が進み、流行が拡散し、人が“装う理由”を見失いはじめたとき、街は同時に艶を失っていったのだと思います。だから私は、外形としての装い(街並み、店構え、言葉づかい)と、内実としての装い(姿勢、教養、もてなし)を重ね直すことを、表町の起点に据えました。有志と立ち上げた「表町をブランドにする会」は、そのための実践です。商店街という名札の前に、まず“表町”という固有名を誇れるようにしたいのです。私の言う複合的な意味合いの「装い」は合意形成の上で力を発揮する言語。こうした美意識のような観念を共有できれば、皆で歩幅を合わせやすくなるのではないかと思います。

ーー物質の装いから「心の装い」へ

高価な服や立派な建物だけでは、街の価値は長持ちしません。中身が伴わない装いは、すぐに見抜かれてしまうからです。だからこそ私は書店にこだわりました。書物は、人の内側に静かに“装い”をつくります。学びや発見、対話や思索の時間が積み重なると、人は自然に姿勢が整い、言葉が磨かれ、振る舞いが変わる。その変化が街に伝播していく――それを私は“心の装い”と呼んでいます。岡山市が「ユネスコ創造都市ネットワーク」の文学分野に選ばれた事実は、表町にとっても大きなヒントです。文学・芸術・教養に触れる機会を街の日常に埋め込むこと。『Her Story』のカフェで開く小さな読書会も、『Agedor』での展覧会も、スタッフ一人ひとりが「100人のファンをつくる」つもりで仕掛ける催しも、すべては“心の装い”を街に広げるための仕組みと言えるかもしれません。こうした積み重ねと攪拌によって、何気ないカフェの会話でさえ、街の文化資本になるのです。

ーーリピーターが生まれる街へ

一度きりの目的地ではなく、「また行きたい」と思われる街にする。私はその鍵が装いと文化にあると考えます。表町には約450年の歴史があり、児童文学や桃太郎の物語、美術と工芸の蓄積など、語り直すべき固有の物語が幾つもある。点在する資源を“横糸”でつなぎ、歩けば自然に歴史と文化に触れられる回遊の体験に織り上げる。そこに、ていねいなおもてなしという“縫い目”を通す。――そうやって街の装いを整えれば、表面の華やかさより深い満足が残り、必ずリピーターは生まれます。装いとは、虚飾ではありません。ふさわしいものを選び、似合うように育て、誇りをもって纏うことです。街も人も同じです。表町はこれからも、《ヨコの百貨店》として、そして“文学の街”の玄関として、心の装いを日々新しくしていきます。地方を“装い”から生かす――この小さなブックスクエアから、その実験を続けていきたいと思います。



Her Story
岡山市北区表町2-1-42

☎ 086-206-1533
10:00~19:00 定休日:火曜日

4店舗ある表町ブックスクエアの一角、絵本・育児・実用・ファッション誌を中心に丁寧に選書された女性のための書店。2階にはカフェを併設し、読書会やセミナーなど小さな学びの場も視野に、日常の中で〈心の装い〉を育てる“本と人のリビング”を目指している。



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