INTERVIEW
LOCAL PRIDE -Kanagawa-隈研吾(隈研吾建築都市設計事務所)
11 January 2019
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価値あるものは狭間に漂う。

横浜出身といっても、隈さんが生まれ育ったのは大倉山のすそ野に広がる里山。子どもの頃の遊び場といえば山や川原で、ザリガニ採りやドジョウ釣りに飽きると自宅で積木遊びに没頭するのが常だった。かといって、都会とは無縁の幼少期を過ごしたかというと、そういうわけでもない。母親の方針でキリスト教系の幼稚園に入り、その後小学校を卒業するまで毎日通った先は田園調布。電車に揺られる20分ほどの間に目まぐるしく風景を変える車窓を食い入るように見つめた記憶は、今も鮮明に残っている。「ひとつ、またひとつと駅を越えるごとに田舎風情の里山景色が豪奢な街並みへ変わりゆくさまは、どこか都市化の段階を見るようで、子ども心にもとても興味深かったのを覚えています。沿線の各駅にいた友達の家に行くと暮らしぶりもそれぞれ違って、街の佇まいとそこで暮らす人間の性質が微妙に相関しているのもまた面白かった」。

「和の大家」が魅せる美しきものへの動線

都会と里山のはざまに見たそんな幼少期の原風景は、「和の大家」と呼ばれる隈さんの建築手法にも少なからず影響を及ぼした。例えば東京・南青山にある『根津美術館』もそのひとつだろう。2009年に3代目としてリニューアルオープンした本館屋根は、薄い溶融亜鉛メッキの鉄板に桟瓦を並べた切妻造り。豪奢な街並みの中でひと際目を引く佇まいはどこか寺院建築を思わせるが、竹竿の壁面と竹垣に挟まれた長いアプローチを抜けると、その先のエントランスでは構造鉄骨が露わ。鉄骨の印象を残したホールは竹を練り付けた突き板の船底型天井で、開放的に開かれた大開口を美しい日本庭園の風景が彩っている。近代的な鉄筋コンクリート造と古き良き日本の風景、素材感が絶妙に入り混じる空間を漂えば、新鮮さと懐かしさがないまぜになったような不思議な心地よさが非日常の美術の世界へと誘ってゆく。 有機的なものと無機的なもの、近代的なものと懐古的なもの。一見対極にあるものを巧みにつなぎ合わせて魅せるデザインは隈建築の真骨頂だが、その美しさ、心地よさに惹かれる日本人の血肉にそもそも、表面的な対極性を大らかに受けとめる感性の土壌があると思うのは、いささか洒落臭さが過ぎるだろうか。

地域創生に必要なのは不合理な愛

けれど、もしそうなら、日本人の感性は地方の過疎化と東京一極集中という《対極性》をも味方につけて、地方の再生を促す大きな力になり得るのでは――。そう言うと、隈さんはこう答えてくれた。「確かに都会的なものと田舎的なものをつなぎ合わせて新たな価値観や世界観を作り出すことはできるような気がしますね。ただ地方創生というのは、マーケティングの手法でうまくいくものではないと思います。物珍しさで観光客がたくさん来るようになったとしても、それは本当の意味での地方創生とは言えませんからね。大切なのは、外力ではなく土着の人たちがそこに根付き自らエネルギーを発していくこと。それって『とにかくこの町が好き』『誰が何と言おうとここを盛り上げたい』っていう、ある種不合理な愛がなければ、難しいことなんです」。そしてその「不合理な愛」を、日本人の多くはもともと備えているはずなのだ、と。「だって、日本には自然資源も食もコミュニティもちゃんとあって、土地土地の文化や風習が脈々と連なってきた歴史もある。それって、すごく大きな財産なんですよ。例えばアメリカみたいないろんな民族が寄り集まってできた国には深く根付いたものはないし、ヨーロッパにも自然との密接なつながりの中で育まれてきた日本文化のような奥深さはそれほどない。長い歴史の中で息づいてきたものがあるということは、つまり愛をもって守られてきたということだと思うんです。そしてもちろん、それを磨き続けるのは、今その土地に生きる人たち以外にいない」。

迎合しない生き方が創造する新たな世界

「小屋のワ」のデザインを引き受けたのも、そこに《磨き抜くべき価値》を見出したからにほかならない。外務省の『ジャパンハウス』プロジェクトや2020年東京オリンピックの『新国立競技場』をはじめ巨大建築を数多く手がける隈さんがいわゆる町の住宅外装屋『植田板金店』(岡山市)とタッグを組んだことに、もちろん周囲の驚きは大きかったが。「一軒の小屋面積が9・9㎡というと住宅の一部屋分くらいですからね、仕事の規模としては確かにとても小さい。でも僕はその小ささにすごく日本的なものを感じたんですよね。好きなように作って好きなように使える小屋って、いわば建築の原点のようなもの。今は法律上の制約があって残念ながらほとんど見かけなくなってしまいましたが、10㎡以内の規模に限って作れる地域が今もあると、植田板金さんが声をかけてくれた。これは面白いものができるんじゃないかなという予感があって、戸惑うスタッフをしり目に(笑)お引き受けすることにしたんです」。 目新しいものや巨大な力に飛びつく人もいれば、古いものを愛しむ人も、小ささの中に豊かな価値を見出せる人もいる。人口1億人余りの小さな島国の中に育まれた多様な文化、風習、そして価値観のそれぞれに魅力を見出すその横顔には、「和の大家」と呼ばれはじめるより以前に提唱した隈さんの「負ける建築」観も垣間見える。「仕事にしろ、遊びにしろ、最近の日本は誰もが同じ場所に向かって走らされているようなところがありますよね。でも一歩そこを離れてみると、実はそれ以外の歩き方がいくらでもあることが分かる。僕自身、海外の仕事をしてみて改めて自分らしさというか、自分の建築っていうものを見出すことができたような気がするんです」。 画一的な評価基準にとらわれず、自分らしく歩く。それはかけがえのない価値観や育まれてきた愛着を育て続けることでもあるのだろう。隈さんの目には、9・9㎡の小屋に宿る無数の価値観が美しく映し出されている。

○隈研吾
建築家・東京大学教授。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授を経て、2009年より現職。近作に根津美術館、浅草文化観光センター、長岡市役所アオーレ、歌舞伎座、ブザンソン芸術文化センター、FRACマルセイユ、V&A Dundee等があり、国内外で多数のプロジェクトが進行中。新国立競技場の設計にも携わる。著書は『小さな建築」(岩波新書)、『建築家、走る』(新潮社)、『僕の場所』(大和書房)他、多数。

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