presented by EVERHALL
Where there’s a will,there’s a way
葬祭業界と地域社会の活性化に邁進し、儀礼文化の形骸化に警鐘を鳴らす井上万都里が連載する対談企画。それぞれの道を強い意志で歩み続けるゲストの言葉から、あなたの人生を切り拓く明日のヒントが見える。
“THE RITUAL CULTURE IN THIS COUNTRY IS ALWAYS VERY INTERESTING.”
「この国の儀礼文化への興味は尽きない」 ーMATSURI INOUE
感謝を「作法」として日常に埋め込むことが、心を調える最小単位。
ー井上万都里 株式会社イノウエホールディングス 専務取締役
AIが外の世界を、宗教は内側を整える。その両輪で社会は豊かになる。
ー村上 大雄 臨済宗妙心寺派 安禅寺 住職
赤磐市馬屋。山のふもとに佇む臨済宗妙心寺派・安禅寺で、地域に開かれた新しい試みが次々と芽吹いている。第13世住職・村上大雄氏は、10代はロックに熱中し、京都の大学を中退してライブハウスの音響に明け暮れた異色の経歴の持ち主。やがて「モノを増やすより手放すほうが幸福かもしれない」と考え抜いた末に仏門へ。6年の修行を経て晋山し、現在は“寺を核とした小さな村”の構想まで見据えている。葬祭の現場から文化と地域を結び直してきた井上万都里氏が、その真意を問い、禅と宗教がAI時代にもたらす“再生の作法”を探った。
ーー 歴史に刻まれた苦難と再興
井上)安禅寺の歴史と、この地に根づいた歩みから伺えますか。
村上)もともと池田家とのご縁で岡山駅前の富田町にありましたが、昭和20年の岡山空襲ですべてが焼けてしまいました。その後、昭和40年代に復興の機運が高まり、岡崎嘉平太さんに相談。いくつかの候補地を見て回った際、現在の場所に当時の住職が降り立った瞬間「ここしかない」と即断したと聞いています。資金も限られていたため、宮大工ではなく普通の大工さんにお願いし、小さなお堂から再出発したそうです。檀家は二十軒ほど。父は托鉢でお米や浄財をいただき、私はミルクから何から“頂き物”で育ちました。
井上)日常がすべて“いただき物”で成り立っていたというのは驚きです。究極の禅の実践のようにも感じますね。
村上)当時はそれが当たり前でしたが、今思えば“有り難い”の連続でした。欲しいものを自分で買う経験は多くなかったけれど、当時の感覚が今の自分を形作っていると思います。
井上)“有り難さ”が生活の骨格にあるという経験は、とても示唆的でもありますね。葬儀の現場でも、誰かの手によって支えられて生きてきたという事実を、節目の儀礼で実感されるご遺族は少なくありません。寺の再興の経緯にその「支え合い」の原型を見る思いがします。
――バンドマンから禅僧へ 異色の転身
井上)跡を継げとは強いられず、むしろ「家が寺だからという理由で坊さんになるな」と言われていたそうですね。
村上)はい。父は「好きに生きなさい」という人で、私は10代から音楽にのめり込み、京都の大学に進学したものの早々に中退、ライブハウスで音響の仕事に没入していました。ただ、25歳の頃に人生の行き詰まりを感じたんです。モノを増やすより、むしろ手放したほうが幸せなのではないか─極端に言えばホームレスという選択肢まで考えました。そこから辿り着いたのが、家や財産に縛られず、人の役に立てる仏門でした。臨済宗の僧堂(正眼短期大学)で学び直し、福岡・梅林寺専門道場で6年修行。昨年、安禅寺の第13世住職に就きました。
井上)遠回りをした分、在家の目線や常識にとらわれない発想が、実践の柔軟さを生んでいるのですね。宗教者が世間を知っていることは、寺が社会と噛み合ううえで大きな強みになると、私も現場で感じています。
ーー誰もが日常的に 心を調えられる寺へ
井上)就任後は、お寺の使い方を大きくひらかれてきましたね。お寺のつくりや場の使い方も特徴的だと思います。地域イベントや様々な教室も開催されていると思いますが、どういった経緯で取り組まれているのですか?
村上)お寺は法事・葬儀だけの場所ではなく、日常的に心を調える“場”であるべきだと思っています。かつて保育園にする構想で建てた棟は、近隣に別の園ができたことで競合を避け、今は坐禅会のほかヨガや自力整体、気功、ピラティスなどの教室に転用しています。ぱっと見、仏教と関係なさそうに見える活動も、すべては方便─仏教や禅の教えに触れていただく入口であり、心を調える体験へつながる導線だと捉えています。
井上)地域に開かれた“道具立て”が整っているのが印象的でした。音響機材やグランドピアノは、文化の間口を広げる象徴ですね。若い世代の中には、自分の家の宗派さえ知らず、お寺に足を運ぶ機会がほとんどない人も少なくありません。昔のように自然に“伝わる時代”ではなく、いまは“意識して伝える時代”。だからこそ、儀礼だけでは届かない層に対して、音楽や言葉、地域教室などを入り口に、宗教の本質に触れてもらう仕掛けは、とても理にかなっていると感じます。
村上)音響はご縁のある方からの寄付で、ピアノは母がピアノ教師だったこともあり導入したんですよ。お寺自体が文化発信の場になる―その可能性を広げたいと思っています。
ーー寺を核に“村”をつくる コロニー構想の射程
井上)“寺を中心に、カフェも宿も医療もある村を創りたい”という構想は良い意味で野心的と感じました。
村上)かつては“宗教=教え”が地域の中心で、そのまわりに飲食や商いが広がっていました。ヨーロッパでも教会はまちの核ですよね。現代のまちづくりは行政や企業が主導しがちですが、寺がもう一度、地域の核として機能できるはずだと思います。安禅寺を中心に、カフェやギャラリー、宿坊、そして将来的には医療や福祉の機能まで備えた“小さな村”を形にしたいと考えています。この一帯には国分寺跡や古墳も残り、もともと国の要地とされてきた歴史があります。さらに近くには評判の良い温泉もあり、土地の特性を存分に活かせる環境です。例えば近隣の空き家を活用し、アーティストや専門家に住んでもらうことで、この場所を文明と文化の発信拠点へと育てていきたい、そんなふうに考えています。
井上)外から人を呼ぶ装置は、人口減少が進む地方ほど必要性が高くなっていると思います。また、葬祭の現場では会葬者の減少を感じる一方、祭りが盛んな地域ほど参列者が多い─そんな実感があります。日頃から人が交わる回路が、喪の場にも効いてくる。寺の縁日や“集い”が、じつは儀礼文化の土壌を育てているのだと思います。
村上)祭りは宗教そのもの。私たちのルーツでもある。安禅寺でも縁日や秋祭りを復活させ、年々来場者が増えています。昨年は1000人ほどが集いました。将来は花火も上げたい。もともと花火は目に見えないものを弔うための祈りの技法ですし、祭りはコミュニティの核であり、地域の記憶を結び直す儀礼だと考えています。
井上)子どもたちが笛や太鼓を習い、教えてくれた“おじさん”が亡くなれば自然と葬儀に足が向く。祭りの縁が、やがて次の儀礼へとつながる―そうした循環が地域を支えてきたのだと分かります。
ーー「第三の相談先」としての寺
井上)日常の接点づくりは、いざという時の“頼れる場所”にもつながりますね。宗教者は、行政や病院とは別の角度から人の心に寄り添える。私も、葬儀の前段階でご家族の相談に乗り、宗教者へおつなぎして救われたケースを何度も見てきました。
村上)たとえば心が弱って部屋から出られなくなった時。病院や行政に加えて“お寺に相談する”という選択肢があっていい。子どもの頃から寺に触れていれば、自然とそう思えるはずで、そのためのカフェでもあるんです。
井上)「困ったらあそこへ」という拠点が地域に複数あることが重要です。寺が開き続けることで、相談のハードルが下がる。小さな来訪の積み重ねがやがて“大事なときに頼る”という信頼に育っていくのだと思います。
――身体から心へ “整う”ための導線
井上)教室のラインナップも幅広いですよね。
村上)ヨガ、自力整体、気功、ピラティスなど、各分野の専門家に指導をお願いしています。鍼灸やタイ古式マッサージの施術も評判で、「気のいい場所=寺で受けるのがいい」と言っていただくことが増えました。自然音や光、風の匂い、木肌の手触り。“場”そのものが整っている、それが寺の強みだと思います。
井上)実は当社も倉敷・玉島でレシオボディデザインというフィットネスを運営しています。体から心へ、という導線は、宗教や運動というアプローチの違いを超えて呼応します。私たちのスタジオでも、呼吸と姿勢が整うと感情の波に呑まれにくくなる実感を持つ方が多い。寺という“場”と結び付けば、より深く、持続的なケアになるはずです。
ーーAI時代に求められる 禅と宗教の知性
井上)AIがどんどん進化し、世の中や人間生活に多大な影響を与えていますが、今後禅や宗教はどんな価値を持つのでしょう。
村上)宗教は「信じる」だけではありません。お釈迦様は、人がなぜ苦しむか、その原因と解決法を徹底して考え抜いた。宗教は人類が積み重ねてきた“生の哲学”であり、内面を整える高度な技法でもあります。AIが外の世界を整えるなら、宗教は内側を整える。その両輪が合わさって、初めて社会は豊かになるのだと思います。
井上)禅の稽古は、感情の波に呑まれず向き合う術を教えてくれます。葬儀・法要の場でも、私たちは“感情の秩序”を扱っている。科学技術がどれほど進歩しても、最後に問われるのは人の心の扱い方―その領域で宗教は決して古びない、と私は思います。
――無常が示す再生の契機
井上)葬儀には悲しみが伴いますが、人と人の縁が再び結び直される場でもあります。葬儀という機会に、疎遠だった親戚同士が集まり、地域の人と言葉を交わし、故人を送るひとときを通じて新しい関係が芽生える。死は終わりであると同時に始まりでもある―葬祭に携わる者として、そう感じてきました。
村上)仏教で説く「無常」は、決して悲観だけを意味しません。移ろいゆくからこそ、常に新しい芽生えがある。葬儀は別れの儀礼であると同時に、残された人の心に「次の生」を呼び起こす契機でもあるのです。合掌の姿勢を通じて、それまで見えなかった関係の糸が結び直される─私はその光景を何度も見てきました。寺と葬祭ホールが協働し、死を“学びと再生の起点”へと転換できれば、地域社会全体が前向きに歩めるはずです。
井上)同感です。葬儀は“依頼通り滞りなく”終えればいいという仕事ではない。式次第や言葉、音楽、間合い、導線─細部の設計を通じ「その人らしい別れ」を共同で立ち上げることが、遺族の明日を支え、地域の記憶をつなぎ直す。寺が開く工夫と、私たち葬祭側の“思想と設計意図”が出会うことで、儀礼は必ず息を吹き返すはずです。
――読者へのメッセージ
村上)まずは気軽に会いに来てください。日本人は“無宗教”だと言いながら、正月は神社に参り、病気のときは祈り、商売繁盛を願う。いざ亡くなると葬儀で供養したいと願う。それは矛盾ではなく、人の自然な心です。坐禅でも祭りでもいい、一度お寺に触れてもらえれば、必ず心が軽くなる瞬間があるはずです。
井上)宗教や死はネガティブに捉えられがちですが、その中にこそ地域再生やメンタルヘルスケアのヒントがある─ご住職との対話で確信しました。私自身、毎月1日はどれだけ忙しくても午前の予定を空け、父と弟と墓参りを続けています。誰が何をするか役割も決まっており、私は新品のタオルで竿石を拭く。私たちが“今ここに存在するのはご先祖様のおかげだ”という先祖への感謝を「作法」として日常に埋め込むことが、心を調える最小単位だと信じているからです。こうした“姿勢”の共有を、これからも寺と共に広げていきたいと思います。
井上 万都里
株式会社イノウエホールディングス 専務取締役
葬祭事業を中心に地域文化の継承と活性化に尽力。儀礼文化研究所の創設や地域イベント「エヴァホールマルシェ」を企画し、関連会社ではフィットネスジム「レシオボディデザイン」を運営。オカヤマアワード副会長。全国葬祭業者協議会「ネクストワールド・サミット」実行副委員長を務めた実績も持ち、幅広く活動。
村上 大雄
臨済宗妙心寺派 安禅寺 住職
1986年生まれ、岡山県赤磐市出身。バンド活動を経て仏門に入り、臨済宗正眼寺で禅を学び、梅林寺専門道場で6年間修行。2024年、安禅寺第13世住職に就任。茶道裏千家専任講師、岡山県認定養育里親。寺の本質を追求しつつ、型に囚われず、坐禅やヨガ、地域イベントなど多彩な試みに挑戦する若き禅僧。
LOCATION
臨済宗妙心寺派 長光山 安禅寺
岡山城下に創建後、昭和20年の岡山空襲で焼失し、昭和49年に赤磐市馬屋へ再興。江戸初期の五輪塔を伝え、「心を調える森の禅寺」を掲げる。坐禅・写経のほか、ヨガや気功・ピラティス等の教室を開き、児童館には音響設備とピアノを備えている。地域イベントにも積極的で、誰もが気軽に相談できる、“日常の心の拠り所”を目指す。
住所:赤磐市馬屋1325
電話:086-229-3145
株式会社イノウエホールディングス
大正2年に井上葬具店から始まった株式会社いのうえは平成25年に創業100年を迎えた。都市化を見据えた新たな葬儀スタイルの提案など伝統と革新を見極めながら成長する全国屈指の葬儀社。
住所:倉敷市二日市511-1
電話:086-429-1000
everhall.co.jp/







