THE OWN WAY
高橋俊宏(株式会社ディスカバー・ジャパン 編集長)

2008年7月、それまでになかった1冊の雑誌が日本を騒がせた。後に国内外で多くのファンを獲得する《Discover Japan(ディスカバー・ジャパン)》の登場である。“日本の魅力再発見”をテーマに、対象を徹底的に掘り下げることで多角的に本質をあぶり出す。同誌の創刊編集長であり、10年が経過した昨年、株式会社ディスカバー・ジャパンを立ち上げた編集長 高橋俊宏氏の源は、故郷岡山で幼い頃に親しんだ自然と文化にあった。

在るがままではなく本質をどう引き出すか。

 仕立てのよさが一目でわかるツイードの3ピーススーツを颯爽と着こなす、背筋の伸びた出で立ち。仕草ひとつ、言葉ひとつからも「格好いい大人の男」の品格がにじみ出る紳士がそこに居た。国内外で高い評価を得ている雑誌《ディスカバー・ジャパン》の編集長であり、一般社団法人地域ブランディング協会代表理事として地域活性活動にも意欲的に取り組んでいる高橋俊宏氏だ。 岡山市出身。本が好きで純文学から歴史小説まで読み漁る幼少期を送る。「いつかは自分も本を創ってみたい」との夢を抱き、18歳で大学進学と同時に上京、大学卒業後は迷うことなく出版社に就職する。しかし自身の希望とは異なり、配属されたのは広告営業部だった。しばらくは日々の業務に追われていたが、夢を諦めることはできず、枻出版社へ転職。この会社が、今後の編集者としての人生の起点が打たれた場所となる。「アウトドアやスキー、シーカヤックなどに焦点を絞ったどちらかというとマニアックな専門雑誌の出版社。視点が独特で、スタイリッシュな写真と斬り口で創られる強烈なインパクトがありました」。 

最初に配属されたのはサーフィンと旅をテーマにした雑誌編集部。出会った編集長にいきなり一撃を食らった。「サーフィン雑誌なのに表紙は波乗りの写真を使わない。代わりに使うのは例えば《男性が波待ちをしているようなシルエット》。サーファーなら〝こんな場所に行ってみたい〟と思わせる、ハードコアなイメージを創り出すのが上手い編集長でした」——この考え方は今でも彼の背骨となっている魂だ。「編集者とは、読者に想像を喚起させるのが仕事だと思っています。例えるなら料理人。在るものを在るがまま振る舞うのではなく、いかに上手く調理して美しく仕上げていくかに思いを巡らせています」。 編集者としての基礎を学んだ彼が次に手がけたのは湘南に暮らすサーファーたちの、こだわりの家やインテリアにスポットを当てたライフスタイル情報誌だ。時は折しもデザイナーズ住宅ブーム。一般的だった建売住宅を買うのではなく、建築家と創る住まいが人気を博していた。ほどなく、《建築家と創る家づくり》をテーマにした住宅誌を創刊。企画は当然、住まいだけでなくインテリアにも及んだ。その美しさでブームの最高潮を迎えていた北欧家具の取材で巨匠ハンス・J・ウェグナー氏の自宅を訪れる機会に恵まれた。「それは素晴らしいご自宅でした。レアな作品、作業場、巨匠の日常。興奮しながら撮影と取材を進めていたとき、彼の奥さんに声を掛けられたんです。『あなたたち、何を取材しに来たの?』」。 

もちろん、ウェグナーの作品の美しさ、素晴らしさだと告げた。すると氏の妻は呆れたように言い放つ。「何言ってるの! あなたたちの国にあるものの方が余程美しくて素晴らしいじゃないの!」驚いて周囲をよく見渡すと、壁面に掛けられているオブジェは《簔》。リビングの照明は和紙を貼ったぼんぼりで、棚にはこけしや民芸品が飾られていた。書斎を覗くと、大型の美術本が並べられていて、タイトルは《桂離宮》《民家》——。 デンマークやフィンランドは日本と同じく世界大戦で敗戦し、ナチスやロシアの蹂躙から復興した歴史がある。北欧家具の巨匠たちは豊かな生活を取り戻すために物資が不足する中で奮起していたはずだ。そんな彼らの目に留まったのは、茶室のように小さな空間に精一杯の心としつらえが込められている和の美だったのだ。「『北欧デザイン素晴らしい!』、『日本と北欧家具はマッチする』と喜んでいた自分が急に恥ずかしくなってしまいました」。他国のデザインを誉めている場合じゃない、もっと日本のことを深く知ることができる本を創らなければ! そう決意した彼の中で、幼い頃父に連れられて訪れた故郷の風景が、パズルのピースのようにカチッと音を立てる。 岡山の地方公務員だった彼の父が幼い自分の手を引いて連れて行ってくれたのは、地元の美術館や博物館そして神社仏閣だった。最初は不満だったが、段々とその価値と奥深さがわかりはじめ、中学生になると仏像や仏閣を巡るために京都まで一人で旅をするまでになる。「そんな原体験があったせいで、ウェグナーの奥さんの言葉はズシンと響いたのだと思います」。 

そしていよいよ《ディスカバー・ジャパン》の創刊企画へとたどり着いた。しかし当時雑誌はインターネットに飲み込まれ、廃刊が後を絶たなかった。だが《兆し》は確かにあった。「六本木ミッドタウンのジャパンコンセプトフロアの盛況や北欧の有名ブランドが時折組み込んでいた日本リスペクトデザインが後押ししてくれました。《感度の高い人には絶対に受け入れてもらえる》と信じ、まずはパイロット版としてムックで刊行しました」。 創刊は決まったものの、続けなければ意味はない。そのムックは世間を驚かせる、これまでにない雑誌を創る必要があった。「京都の老舗《俵屋旅館》を巻頭に、名旅館をテーマにした企画としました。俵屋は空気、時間、そこにあるすべてが日本の宝とも言うべき名旅館中の名旅館。あらゆる媒体の取材をずっと断り続けていた女将をあの手この手で口説き落とし、30年ぶりというメディア登場に尽力いただきました」。最初は渋い顔をしていた女将だったが、出るとなったら本気で協力。「空間のしつらえや料理、蒲団やタオルに至るまでとことん掲載しました。俵屋レベルになると蒲団の佇まいまで美しいです」。 甲斐あって創刊ムックは発刊後すぐ、業界を騒がせた。充実した内容やこれまでにない鋭い着眼点、卓越したセンスが広く認められ、販売部数は当初の予想を大きく超えた。「これまでずっとディティールへこだわり続けてきた経験が、名旅館の細やかな空気感を感じ取れるアンテナにもつながりました。新しい発想を生んだ原動力だと思っています」。 その後、1年目の季刊4冊のいずれもが高く評価され、翌年からは隔月刊として実績を積み重ねた。昨年迎えた創刊10周年をきっかけに、株式会社ディスカバー・ジャパンを立ち上げる。これまで以上に精力的に、地方の活性化と《魅力再発見》を揺るがぬテーマとして世界中を飛び回る毎日だ。「もし私がずっと岡山に居たとしたら、この雑誌も会社も存在していなかったと思います。岡山で出会える自然の尊さや風景の美しさは当たり前のものではない。離れたからこそ《魅力、再発見》の機会をもらえたのではないかと思っています」。 近くにいると気づかない大切なもの。見方を変え、俯瞰することで見慣れたはずのその美しさに気づけるのだと。そしてあらゆる角度から掘り下げることで今までにない輝きを与えることができるのだと——。故郷、岡山。この地は誰にどんな感動を与えるのだろうか。

高橋俊宏/株式会社ディスカバー・ジャパン 編集長

1973年岡山県生まれ。建築からインテリア、デザイン系のムックや書籍など幅広いジャンルの出版を手掛ける。2008年に「日本の魅力再発見」をテーマにした雑誌《Discover Japan》を創刊、2018年に独立し、株式会社ディスカバー・ジャパンを立ち上げる。一般社団法人地域ブランディング協会代表理事として、地域活性の活動にも積極的に携わっており、場所文化フォーラム理事、経産省や農水省関連のアドバイザーなども務めている。

編集者PLUG

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