MY OWN WAY
中塚翠涛(書家)

凛とした表情に宿る知的な眼差し。躍動感あふれる文字で魅了する書家・中塚翠涛。4歳から始めた古典的な書道を現代アートの域に高めるパフォーマーとしてCMやドラマ、映画での書道監修、題字制作などで独自の世界観を見せ、国内に留まらず、海外でもそのクリエイションを拡げている。筆一本で世界に打って出、新しいスタイルの芸術を創造し続ける彼女の原点へと遡る。

時代に流されず、内なる声に耳を傾けながら筆に委ねる。

「美人書家」という形容に誰もが頷く気品ある佇まい、容姿端麗なルックス。物静かなお人柄かと想像するも、その語り口は歯切れがよく、飾らない快活な言葉と表情に魅了される。現在、書家として、映画やドラマの題字や書道監修、テレビ出演など、多方面で活躍中の中塚翠涛さん。 著作「30日できれいな字が書けるペン字練習帳」シリーズは、累計四百万部を越えるベストセラーに。その後テレビ朝日系「中居正広の身になる図書館」の人気コーナー「美文字大辞典」で、芸能人の文字を判定する「美文字先生」としてブレイク。2016年暮れ、ルーブル美術館地下会場「カルーセル・ドゥ・ルーブル」で開催されたサロンに作家として招待され、金賞・審査員金賞をダブル受賞。その多彩な活動や人となりが様々なメディアで紹介されることも多い。

書道を始めたのは、4歳の時。「兄の書道スクールに一緒について行って。書道というより、筆遊びをして先生に花丸もらえたのがうれしくて、『習いたい』って言ったのがきっかけでした」。遊びながら字を書いて楽しめたらいいなと入門したところまでは、よくあるお稽古事の話。ところが、そこからの打ち込みようが凡庸ではなかった。「段が上がったり、賞を取ったりして褒めてもらえるのが嬉しくて。暑い夏でも、極寒の冬でも、朝から晩までとにかく書いていました」。 周りが遊びに夢中な年頃に、その誘いを断ってまで大会に向けて練習を積んでいたというのだから…。 「いい意味で体育会系みたいな」と笑うが、周囲の環境もさることながら、彼女自身のストイックさに、今に至る片鱗がうかがえる。「先生に直された所が上手にできなくてよく泣いてたらしいんですね。先生はいまだに『ビービー泣いてたよね』って言うんですよ」。自分の思う表現ができないことが悔しかったというエピソードは、納得のいく表現を追求していく現在の姿とそのまま重なり合い、「あの頃の筆の感触は今も覚えている」と話すように、古典的な書法を幼時にしっかり体得したことが、現在の彼女のファウンデーションとなる。 もうひとつ、地元での大きな原体験がある。それは大原美術館での数々の名画との出合い。「子どもの頃、大原美術館によく連れて行ってもらってました。世界の名画が集まっているその空間では、絵とか書とかいう区別なく作品を見ていたところがありましたね」。大好きなアーティストは、巨匠パウル・クレーやジョアン・ミロ。バルセロナにあるミロの美術館に行ったときに、たまたまミロが日本に訪れた時の写真を1枚見つけて衝撃を受けた。「写っていたのは、書道をしている人を見るミロでした。子どもの頃見たミロの作品を『書』だと感じたのは、彼が日本の書を元に絵を描いていた晩年があったからなのかも」。海外での彼女の追体験が、原体験を呼び覚まし、リンクしている。 「絵と文字は遠からじ」ということも大きな気づき。文字を、鉄で作ってみるなど、墨ではないマテリアルを使って表現する必要性を彼女が感じたのは、決して「新しいことをしたい」わけではなく、実は子どもの頃に大原美術館で感じたイメージを、書を通じて表現しているという自然の導きなのかもしれないと話す。  こうした地元・倉敷での原体験を経て、類い稀な感性を育み、さまざまな書道の筆法や技術を習得した彼女は、高校時代の教師の勧めで書の名門である東京の大東文化大学へ。書のみならず中国文学についても履修する中国文学科で4年間学んだのち、さまざまな道を模索するも、筆一本で身を立てようと決意する。周りからは心配されたが、「多分あんまり器用じゃないから、何かをしながらそれをするっていうことは向かなかったみたい。一つの覚悟っていうことができたのかなと思いますね」。

現在は、筆の弾力、墨のグラデーションの美しさを、陶器やガラス、映像など幅広い素材に表現する独自の手法を追求しているが、仕事としての書道の入り口は、「教える」ことをメインにした。「どういう文字が求められているのか、文字を書くことにみんなはどこで悩んでいるのかということがわかったのは、私自身も悩んできたから」。「天才ではなく、努力」と自認している彼女には、日常の手紙を書くのにも悩む人たちの気持ちが理解できた。「人はどういうところで悩んでるんだろうっていう視点でお手本を書きました」というのが、今や四百万部を超えるベストセラーとなった『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』シリーズ。字が上手になりたいという人たちに寄り添った身になる内容が反響を呼び、練習帳としては異例のヒット作となった。
 その道でも十分な成功を収めていたはずだが、「美文字先生」である自分と、アートとしての表現を追求したい自分とのバランスを取ることには苦労もあった。「なかなか時間がかかりましたけどね…」との呟きに、アーティストとしてのジレンマが垣間見える。それでも、「文字の魅力を伝えたいっていう思いは一緒。お伝えしたことで喜んでくれる方々の声も嬉しいし、自分の作品を鑑賞したことで、癒されるとか、パワーをもらったとか言っていただけると活力になるので」と、自身の中での平衡感覚を身につけ、活躍のフィールドは瞬く間に世界へ飛躍した。

2016年にパリ、ルーブル美術館で開催されたSociete Nationale des Beaux-Arts 2016サロンで「金賞」と「審査員賞金賞」をダブル受賞。アルフレッド・ダンヒルなど一流ブランドショップの空間プロデュース、題字制作では、ユネスコ「富士山世界遺産」、映画「武士の献立」など多数を手がけ、2020年スタートのNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の題字も手がけている。国内はもちろん、世界を舞台に書の可能性を提示し続けている中塚さん。現在はパリを中心に海外にいることが多いという。「世界中に自分の身を置いて感じることが大事かなと。 時間さえあれば、自分の興味のある美術館や、アーティストたちが生まれ育った町を訪れることに費やしたい」と話す。今年2度のエキシビションを開催したパリでは、道行く人が気軽にギャラリーに入ってきては「私、これが好きだわ」とか「あなたのワンピースすてきね」とか、好きなことを言って帰るのだとか。「アートやファッションが日常にあるパリの人たちは、例え漢字が読めなくても、私の表現に対して自分の感じたことをその場で伝えてくれます。海外の人の反応は特に興味深く、次のクリエイションにも繋がりますね。美術や服飾、文化や歴史、一生学べるものがあるっていうことの幸せを感じます。寄り道のようでも、私には全て必要だと思って」。
 空間プロデュースなども手掛けるいま、クライアントワークでは先方の意向に沿うことや流行も求められるはず。しかし、そこでは、「自分にとって必要で、やりたいことを素直に表現したい」という一貫したスタンスを取る。ブランドのイメージと自分自身の表現をマッチングさせながら、「私ならこういう表現ができます」と、そこには一切の遠慮も妥協もない。「数年後に振り返って、『あの時は時代に流されてね~』なんて言い訳するんじゃなくて、その時々の自分の表現に誇りを持って生きていけたらいいなと思っています」。 自身が理想とする書家、アーティスト像について尋ねると、彼女は「無理してかっこいいアーティストになろうとは思わない」とさらり。「岡山という朗らかな環境の中で育ってきた、そういう私らしさを出していけたらいいな。5年、10年、20年後も、自分も周りの人たちも笑顔でいられるよう、まず自分自身が楽しまないとね」。表には決して出さない制作過程での苦悩や幼少期から変わらないストイックな性格。きっと楽しいだけではないはずだ。自身が吸収したものを書に集約し、力強さと、たおやかさを宿した彼女の作品、凛としたその姿勢にも、生き方がそのまま映し出されているような気がする。

中塚翠涛/書家

岡山県倉敷市生まれ。大東文化大学卒業。古典的な書法をもとに、陶器、ガラス、映像など、幅広い手法で独自の表現を追求。2016年12月にパリ・ルーブル美術館で開催されたSociete Nationale des Beaux-Arts 2016で「金賞」「審査員賞金賞」受賞。ドラマ、映画、CMなどの多数の題字を制作。書道監修、空間プロデュース、海外での個展開催など国内外で活動。

編集者PLUG

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