LOCAL PRIDE -HIROSHIMA-
為末大(元陸上選手・Deportare Partners代表)

3度の五輪出場経験を持ち引退後はメディアなど様々な分野で活躍する為末大氏に、来る東京五輪の意義と未来への想いを語ってもらった。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックまで、残すところ1年と数カ月。新たに建設した施設の活用や五輪景気の反動として起こり得る景気の落ち込みをどう抑制するかなど課題は山積だが、五輪史上初の2度目の開催に、世間の期待はいやがうえにも高まっている。

オリ・パラの開催を課題解決の契機に

「東京でのオリパラ開催に関して今も賛否両論あるのは確かですけど、個人的にはそれでも東京五輪開催には大きな意義があると思っています。ひとつは、経済大国としての日本のイメージがいま何となくぼんやりしてきた中で、これから日本はどうなっていくのかっていう方向性を世界に示す一大プレゼンテーションの舞台になるということ。そしてもうひとつは、これまで棚上げされてきた国内の取り組みを促進する機会にできるんじゃないかということ。例えば環境問題だったり働き方改革だったり、五輪とは直接全然関係ないことでも『オリ・パラだから』って言うと合意形成がとりやすいじゃないですか。五輪単体で見れば何千億円ってすさまじい金額ですけど、これを契機にほかのいろんな課題や問題をいい方向に向かわせることができれば、その価値は十分あるはずです。望むべくはそこに、アスリートたちが新たなセカンドキャリアを拓く道筋も生まれればいいなと思いますね」。

表彰台の待合で芽生えたビジネス界への憧れ

2012年に現役を引退し、現在はDeportare Partners代表として研究や事業を展開。スポーツに特化した様々なサービスを手がけている為末さんだが、元アスリートなら誰でもこんな輝かしいセカンドキャリアを築けるわけではない。今やJリーグは3部まで拡大し、バスケットボールのBリーグもスタート。選手の活躍のチャンスが広がるのは一見好ましいことのようにも思えるが、プロ選手が増えるということは、その分引退後のポスト争奪戦が激しくなるということでもある。セカンドキャリアのイメージも描けないまま突然現役時代が終わり、状況にうまく対応できず居場所を失ってしまうアスリートは想像以上に多い。そんな中で確固たるポジションを築き、最前線で活躍し続ける為末さんは極めて稀有な存在だ。「これほどテレビ出演の仕事が増えるとは思っていませんでしたけど、スポーツビジネスへの憧れは引退を決める随分前からありましたね。きっかけは、2005年のヘルシンキ世界選手権。競技を終えて表彰台の準備を待つ間、隣の部屋でカクテル片手に優雅に観戦するスーツのおじさんたちを見て、なるほどな、って思ったんです。五輪にしろ、世界大会にしろ、それを動かしてるのはこういう人たちなんだっていうことを目の当たりにさせられたというか。アスリートにとっては競技がすべてですけど、実はその背後には、タイムや技術とは別の思惑で仕組みを作り、動かしている人がいる。そこにはアスリートとはまた違った戦い方があり、面白さがあるんだろうなと思ったら、自分も挑戦してみたくなって」。

類まれなる観察眼と大成への強烈な執着心

そんな風に周囲を俯瞰して観察するのは、選手時代からのクセだ。実は為末さんは18歳まで100mスプリンターだった。けれど高3の時に初出場した世界大会で、外国人選手の圧倒的な体格差を痛感。「決勝で勝ちを狙えない競技を続けても意味はない」と、よりテクニックがモノを言うハードルへの転向を決めた。「広島人の血なんでしょうかね。何をするにしても『でっかく出たい』っていう気持ちが強くて。陸上の花形といえばやっぱり短距離なんでしょうけど、アスリートの醍醐味はやっぱり成績。勝ちを狙えないと悟った短距離を離れるのに迷いはありませんでしたね。100mでなんとか決勝に残るより、400ハードルで頂点を狙いたかったんです」。 もちろん、急な転向ですぐに結果が出せるわけもなく、大学進学後しばらくはなかなか目が出ず苦しい時代もあった。風向きが変わったのは、大学3年のとき。東海大学陸上競技部監督の高野進氏に師事したことで、徐々に成績が上向きはじめる。他大学に所属していたこともあって指導を受けるのは週に数度だったが、勘が鋭く、群れることを好まない彼には、むしろその距離感が心地よかった。大学4年で見事五輪切符を手にした為末さんは、その後3大会連続で出場。メダルは逃したものの、世界陸上では2度の銅メダル獲得を果たした。

山陽地域に芽吹くスポーツ×医療の可能性

その為末さんが今見据えるのは、スポーツと医療を融合した新たな地域ブランディングだ。「実は広島って、全国的に見てもかなり突出したスポーツ大国なんです。広島東洋カープがいて、サンフレッチェがいて、バスケットやバレーボール、女子サッカーでも本当にたくさんのプロチームが活躍している。しかも広島・岡山にはそれぞれひざの整形外科の権威がいて、医療環境もとても充実しています。スポーツ業界にはもともと『肩の手術ならアメリカの〇〇病院、腰ならドイツの〇〇医師』みたいな情報があるんですけど、そういう環境や仕組みが国内に確立できたらすごくいいなって思うんですよね。スポーツが盛んで医療技術も高い山陽地域を一大スポーツメディカルタウンにブランディングできれば、国内のスポーツ界も地方も、もっと盛り上がって、もしかすると、元アスリートたちのキャリアチャンスも広がっていくかもしれません」。

ためすえ・だい

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400mハードルの日本記録保持者(2019年2月現在)。現在はスポーツコメンテーターとして活動するほか、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う「株式会社Deportare Partners」の代表取締役や一般社団法人アスリートソサエティの代表理事などを務め、テクノロジーを活用したスポーツ振興への支援に取り組む。著作に『走る哲学(扶桑社)』、『諦める力 〈勝てないのは努力が足りないからじゃない〉(プレジデント社 )』など。

編集者PLUG

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