INTERVIEW
LOCAL PRIDE -Tokyo-鈴木 正文(GQ JAPAN編集長)
20 December 2018
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在日世界人として郷土愛を語る。

ボーダレスに存在感を放つ日本雑誌界の「知識人」

仕立てのよいジャケットにやや大 ぶりの蝶ネクタイ、ハーフパンツの定 番コーデがトレードマーク。某テレ ビ番組のひな壇から発する言葉は 時に辛辣だが、そこに何ら悪意も嫌 みも感じさせないのは、隠しようも なくにじみ出る品の良さのためか。 はたまた眼鏡ごしに映る、大きく優 しげな眼のせいだろうか。我が子ほ どの齢の共演者たちに「おじいちゃん」 と茶化されたときの、少年のよう にはにかんだ笑顔なんかは実はとて もチャーミングなのだが、本人を前 にしてはそんな誉め言葉も恐れ多 くてとても言えない。なぜならこ の方、メンズ・ファッション&ライフス タイルマガジン『GQ JAPAN』 (コンデナスト・ジャパン)の編集長・ 鈴木正文さん。世の編集者たちに とっては「神様」、日本雑誌界におい ては「宝」と言われる人物だ。

最先端がいつも都会にあるとは限らない

生まれは東京都港区で、その後練 馬区、文京区を転々。現在は再び港 区白金に住まう、生粋の東京人。「か つての面影はずいぶん薄れてしまったけ ど、幼少期の原風景はまさに 『ALWAYS三丁目の夕日』そのも のだった」という鈴木さんにとって、 郷土とは一体どんな存在なのか。そう 問うと、かつて自動車雑誌 『NAVI』(二玄社、2010年に 休刊)の編集長を長らく務めた鈴木 さんらしい例えで答えてくれた。 「ポルシェっていう車がありますよ ね。世界の最先端テクノロジーの結 晶体であるマシン同士で競い合う自 動車レースの世界でトップ・コンデン ターとなり、世界各国の富豪たちが 競って買いたがる傑作車です。この会 社をつくったのはご存知の通り『 20 世 紀最高の自動車設計者』と称えら れるフェルディナント・ポルシェ博士ですが、彼はオーストリアの片田舎出身 の独学の技師であり、戦後、ポルシェ がスタートしたのは都会とは無縁の、 小さな村であるグミュントというとこ ろでした。正真正銘のど田舎です。 同じような例はほかにもあって、ほぼ 同じころに産声を上げたあのフェラー リの本拠地はマラネッロっていう人口1 万7000人くらいの工業団地みたい な町だし、日本のトヨタは愛知、日 産は神奈川でしょ。東京は流行の発 信地だの最先端だのと言ってるけど、 実際に最先端が生まれているのは、 シリコンバレーにしてもそうだけれど、 都心とはほど遠い地方だったりする。 とすれば、東京だとか地方だとかって いうのは、結局どうでもいいことのよ うな気がするんですよね」。 自らの出自を尋ねられると「在日世 界人」(かつては「在日日本人」と言っ ていたこともある)と答える鈴木さん からすれば、行政的に区分された 地図上の位置関係で優劣を量ろう とする風潮そのものが、もはやいび つでナンセンスの極みなのだろう。

空疎化した地方文化の責任の所在は

戦後の高度成長とともに地方から都市への人口移動が急速に進んでいくなかで、わが国の地方文化が次第に空洞化していったことに触れると、ここでもポルシェの話が出て来た。「さきほどのポルシェの例でいえば、いまポルシェの本拠はドイツ南部のシュトゥットガルトという地方都市にありますが、そこは人口60万ほどで、決して大都会ではありません。しかし、そこにはオペラもバレエもオーケストラもある。芸術や文化を体験できる環境が市民の生活環境としてちゃんとある。特別な日におしゃれをして出かけるべきレストランもあります。いっぽう、日本の場合、文化や芸術にかかわる施設はことごとく大都会に偏っていて、一部の地方に大きな祭りが残るばかりです。伝統的な文化的資産を失った地方は、芸術的・文化的にすっかり空疎になってしまった」と述べる。若者が、東京に集まることを否定しているのではない。文化や芸術を通じて人間を発見する喜び、刺激を受ける楽しさを十二分に理解しているからこそ、その欠損ーー戦後の高度成長のプロセスで失われたものーーを埋めるため都会に流れざるを得なくなった現代の若者たちに、想いを寄せているのだ。「国が地方創生だとかって言って、地方の自治体に1億円くらいのはした金を渡したりしてなんだかよく分かんないことをやってましたよね。ああいうのって、地方の欠損は地方の問題って言っているようなものだけど、そうじゃない。全部、日本の問題なんですよ。もちろん基地問題も、沖縄じゃなく日本の問題。『沖縄基地問題』って言ってること自体、そもそもおかしいんですよ。日本の基地問題なんです」。

愛とは、ただそこにあるもの

同様の違和感を抱いている人は少なくないだろう。そう考えるともしかすると、「郷土愛」というのももはや、単なる失われた過去への郷愁にすぎないのだろうか。自身の出自への誇り、それと密に絡み合うアイデンティティももはや幻か。そんなことを思っていると、心の内のつぶやきを見透かしたかように鈴木さんはこう続けた。「だけど、郷土愛っていうのはね、それとはまたまったく別の話で、自分が属している政治的国家を愛することとはまったく別次元にあるものです。もちろん『日本ってすごいだろう』『東京すごいだろう』みたいな排他的で下等な自意識は、郷土愛とは言えません。でも、たとえ非平和的で劣悪な環境にある郷土であっても、自分が生まれ育った場所に対する愛着の思いはかならずあります。戦火しか知らないガザやアフガニスタンの子どもたちにも自分の土地への郷土愛があり、両親に捨てられ施設で育った子どもたちにも施設の人々への一種の”家族愛“がある。愛は、正否とか要不要で語るべきものではない。ただ、自然にそこにあるものなんです」。

○鈴木 正文
1949年、東京都港区出身。1984年 に『二玄社』に入社。自動車雑誌「NAVI」の創刊メンバー で、1989年に本誌編集長に就任。2000年に創刊した 「ENGINE」の初代編集長を経て、19の国と地域で発行され る世界初のメンズ・ファッション&ライフスタイル誌『GQ』の 日本版「GQ JAPAN」編集長(2011年~)。現在は雑誌 編集者・自動車評論家としての活動と並行して、TBS系バ ラエティ番組「有吉ジャポン」にもレギュラー出演中。

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