#3. INTERVIEW
伊藤正裕 株式会社パワーエックス/取締役兼代表執行役社長CEO
#新しいキャッチフレーズ
「岡山?」「岡山!」
そこのあなたも、「岡山県を知っているつもり」になっているのではないか?
「岡山?」と、まずは疑問をもって再確認することで
「岡山!」と、再発見できる良さが、この地にはある。
脱!“岡山を知っているつもり”
脱炭素社会に向けて再生可能エネルギーの活用が加速する中、世界が開発にしのぎを削っているのが蓄電池だ。岡山県玉野市に国内最大級の大規模な蓄電池工場を構えたベンチャー企業「株式会社パワーエックス」には、いま国内外から大きな注目が集まっている。
同社の創業者で代表を務める伊藤正裕氏は、17歳でITベンチャーを立ち上げた強者だ。当時、世界で唯一どんなパソコンからでも3次元画像を見ることができる3D技術のサービスを展開した。その後、ファッション通販サイトを運営する株式会社ZOZOに加わり、簡単に体形を計測できる「ZOZO SUIT」の開発を主導。起業では努力と根性を、急成長ベンチャーでは計画性を養ったという。そんな伊藤氏が満を持して始めたのが、未来に資する社会課題へのチャレンジだ。2021年設立の「株式会社パワーエックス」は、⼤型蓄電池の製造・販売を軸に、電気運搬船の開発・製造、再生可能エネルギーの電力供給などの事業を展開するベンチャー企業。数学の定理やミステリー小説でも使われる未知と可能性の文字「X」を背負ったこの会社は、まさに世界のエネルギー課題を解決する未知数のポテンシャルを秘めた存在だ。2024年に建設された玉野蓄電池工場について、「ここは年間最大3.9GWh(ギガワットアワー)の電気容量を生産できるキャパシティーを備えています。これは約34万世帯の1日分の消費電力に相当します。また、大規模工場で大量生産することにより、現在の国産蓄電池と比較して3分の1のコストで生産が可能です。蓄電池があれば、昼の余剰な太陽光発電、夜の風力発電などの再エネをしっかり貯めて、必要な時に使うことができます」と、伊藤氏は説明してくれた。私たちはいま、海運や造船を基幹産業としてきた玉野市に、日本を牽引するかもしれない新たな成長産業が生まれた瞬間に立ち会っている。
「最初は良いキャッチフレーズが思い浮かばず、〈安全地帯岡山〉とか考えていたんですよ笑。しかし、自分の中でやっと落としどころを見つけました。え、真面目に考えたの?と怒られるかもしれないけど、僕の思うキャッチフレーズは『岡山?岡山!』です。なぜこのフレーズを選んだかというと、玉野工場が新設されてから毎週岡山県に通うようになり、岡山、玉野の良さを本当の意味で体感することができたから。岡山は、日本中の人がその名を知っていながら、実は誰も知らない場所だったのではないかと」。
陸海空の交通の要所であるがゆえに、移動の「通過点」にされがちな岡山。これだ!というスーパー コア コンテンツがあるわけでもない。 日本人にとって 「知っているようで知らない場所」だが、それは確かに岡山県のウィークポイントと言える。多くの人が岡山県のことを分かった気になっており、それに加えて岡山県民も「知られているだろう」と安心しているから、十分にPRできていないのではないか。 伊藤氏はもう一度岡山県の良さを再確認・再発見することが大切だと語る。 「例えば、五島列島や佐渡島って訪れたことがなくてもどこか神秘的で興味がそそられませんか?全く知らない場所は何となく気になるんです。一方で、東京、京都、大阪などは情報量が充実しており、僕たちは既に魅力を知っています。岡山はわかった気でいるけど実は分かっていない、ちょうど中間のポジションにあるのではないでしょうか。まずは、岡山ってどんなところだっけ?と目を向けてもらえるといいなと思います」。奥深い郷土の歴史、特色ある産業、温暖な気候など多くのものが岡山を支えているからこそ、一つひとつの魅力が見えにくい。これは贅沢な悩みにも思えるが、伊藤氏の指摘の通り、まずは思ったほど知られていないという事実をストレートに受け止めるべきなのかもしれない。
ガラリと変わった岡山の印象
玉野に工場建設が決まるまで、全国の候補地を訪れていた伊藤氏。ひく手数多で各地からグイグイとプレゼンされる中、建設地としてのメリットはどの場所にもあるように思えた。しかし、岡山県玉野市には他では実現できない圧倒的なアドバンテージがあったという。「今日も東京からドアツードア3時間で問題なく工場にやって来ることができました。これって実はすごいことです。多くの工業地帯は主要な駅や空港から離れていることが多く、都市部に近いエリアでさえなんだかんだと到着まで時間がかかってしまう。さらに、一年を通して気候が良いため、岡山は飛行機も新幹線もほぼオンタイムで動きます。感覚としては、まさに都会の延長線上なんです」。ここなら、思ったように移動できる、スムーズに製品が運べると考えた伊藤氏は工場建設地を岡山に決めた。玉野市は伊藤氏自身も足しげく全国を巡りながら、時間をかけて発見した場所だ。仲介業者などに丸投げせず、自ら土地の責任者にアプローチをしたという。無事工場建設に至り、製造も順調にスタート。主戦力である「Hypercharger(ハイパーチャージャー)」は、EV用の超急速充電機と大容量蓄電池がセットになった製品だ。せっかくEVに乗るのなら、再エネを動力に選んでこそ真の環境負荷軽減を実現できる。また、当製品は一般的な急速充電と比較し、充電時間を従来の3分の1に短縮できた。大型蓄電池の導入が当たり前になれば、電力の安定供給や、カーボンニュートラルに対しての課題は、ほぼ解決するのではないだろうか。
ただ、日本の電池業界は徐々に世界シェアを落としている。EVの普及が早かった国が必要に迫られ、EV専用の電池セルの生産量を急激に伸ばしたためだ。しかし、パワーエックスが得意とする定置用蓄電池はEVほどの高密度化の必要もなく、昔からある技術を応用して生産でき、材料も確保しやすい。加えて、岡山に工場があれば、製造業に必要なインフラとサプライチェーンを担保できる。海外にリードを許してしまった日本産蓄電池が、岡山の地で息を吹き返すかもしれない。「岡山の魅力は、一つの特徴に偏らず、交通の利便性、インフラ、安定した気候など、多層的な要素が揃っている点です。また、東京から来た人間のQOLを担保できる住みよい場所でもある。こんなに言葉を尽くして説明しないと伝わらないから厄介なんですけどね(笑)」ミルフィーユの様に多層化された魅力ゆえに、一つひとつの良さをピンボケさせているのかもしれないが、一度フォーカスが合えば虜にされてしまう。伊藤氏はそんな岡山の強みを実感しているようだ。
縁を大切に、地域と歩む
現在の住民票は神奈川県の江の島にあるという伊藤氏。少しでも江の島のためになることがしたいと思い立ち、約400年もの歴史をもつ神奈川県の無形文化財〈お囃子〉に10年以上参加している。「団体に入った当初は団員が少なく、練習の回数も月に一回程度。お囃子には楽譜が無いため、一曲を覚えるのに7年もかかりました(笑)。江の島は日本有数の観光地であり、藤沢市の観光客は年間で1700万人にものぼリますが、文化を継承する担い手が不足しています。せっかくご縁があった土地には何かしらの形で貢献がしたいと思い、お囃子に参加するようになりました。岡山にも同じ気持ちがあります」。
「瀬戸内産業芸術祭」構想
地域の産業を「芸術」に
伊藤氏は2025年に「瀬戸内産業芸術祭」の構想を掲げた。玉野市を中心に開催されるこの芸術祭のコンセプトは「産業を芸術と捉え、分散型美術館として観光できるネットワーク」をつくること。瀬戸内エリアに広がる様々な産業の工場に、アートという切り口から光を当てるイベントだ。工場見学でも美術展でもないオルタナティブによって、地場産業への理解を深め、観光客誘致にも繋げる試みである。2026年に予定されている第一回会期に先駆け、2025年1月には3日間にわたりモニターツアーも実施された。
瀬戸内エリアの産業の魅力を体感できるツアープログラムには、ナイカイ塩業株式会社、株式会社宮原製作所、株式会社パワーエックスの3社が参画。それぞれの歴史や技術力、商品力が注ぎ込まれたアート作品に参加者は見入っていた。展示される工場の光景とも相まって、ここでしかできない鑑賞体験だと言える。
休日には、家族を連れて日本各地に旅行するという伊藤氏。しかし、どこに行っても、観光地は水族館、動物園、総合エンターテイメント施設を推しているため、その土地の個性や特色がよくわからないまま帰宅する。また、夏休みの間に、子どもたちが経験できることといえばプログラミング教室などが主流となった。「うちの子たちにはものづくりに興味を持ってほしいという思いもあって、製造業に取り組む背中を見せています。日本には、子どもたちが幼い頃からものづくりに触れられる場所が必要だと考え、この芸術祭を立ち上げました。つくられたエンターテイメントばかりでなく、車をつくっている工場、電池をつくっている工場、醬油をつくっている蔵、塩をつくっている塩田など、私たちの生活を支えてくれている現場を見せたい。ものづくりがしたい!と子どもたちに感じてもらえるための第一歩、それが瀬戸内産業芸術祭です」。伊藤氏は、製造業に関わる人手不足や後継者不足にも警鐘を鳴らす。洗練された美しさを感じるパワーエックスの工場は、いわゆるブルーカラーと言われる仕事のイメージを変えることも意識しているそうだ。「当社の事例を見て、世代を超えたクラフトマンたちが都会から地方に飛び出し、日本の各地で工場を建てたり、事業を引き継いだりといった流れが生まれると嬉しいですね。また、瀬戸内産業芸術祭を体験した人の中から、たった1人だけでも世界を変えるような人が出てくれることを願っています」。パワーエックスのストーリー、伊藤氏の背中を追う次世代のスーパースターが生まれることを期待したい。
ものづくりで日本を変えなきゃ!
日本の経済成長において、近年はデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進がトレンドになっている。特に、業務の効率化やサービスの利便性向上を目的としたIT企業やスタートアップが数多く誕生し、決済システムやビジネスの自動化を進めてきた。しかし、それらの技術革新が日本のGDP成長にどれほど貢献しているのか、伊藤氏は改めて見直す必要があると考えている。実際、世界的な経済競争が激化する中で、日本のGDP成長率は停滞気味だ。一方で、少子高齢化による人口減少も進行しており、労働力の確保と経済の持続的成長の両立が今後の大きな課題となる。こうした状況において、単なる効率化だけでなく、実際に価値を生み出し、経済全体を押し上げる産業の育成が求められている。「日本の未来を明るくするには、GDPの数値を上げる必要があります。それと同じくらい、人口を増やすことも大切。この二つの課題を同時にクリアするためには、付加価値が高い製造業に取り組むのが正解だと考えています。アプリを作って、クレジットカード決済を簡単にしても、総生産は増えません。それは最適化であって生産ではないのです。過去20年間に東京で起こったベンチャーは、GDPに貢献するというよりもDX技術で生産を最適化していくビジネスばかりでした」。直近の25年間で時価総額1兆円を越えた日本におけるウルトラベンチャーは、株式会社ZOZOとエムスリー株式会社の2社のみ。一方で、アメリカ、中国ではものづくりの新興企業が時価総額何十兆円という結果を出して、世界の経済を変えている。志ある日本の若い世代にはIT企業を起こしたがる人が多いが、本気で世界に向き合うのなら勝機は別のところにあるのかもしれない。「日本はいまだに最適化に特化した新興企業ばかりで、新しいものづくり企業はなかなか生まれていません。競争も生じないため、大企業は茹でがえる状態。技術力が少しずつ減退し、海外に対してのシェアも徐々に失っていき、気づいた時にはもう遅いという事態になりかねません。現代日本の流れを全部変えなければならないと思っています」。都会は土地が少なく、工場が建てられない。ものづくり企業には向かない環境だ。しかし、地方は坪単価が安いため、企業は工場を、働き手はマイホームを手に入れることができる。東京でマイホームを建てるとなると、エリアによっては数億円になってしまうが、そんな家を一体何人が買えるのだろうか?パワーエックスの玉野工場建設は、なかなか新しいものづくりベンチャーが生まれなかった現代社会へのアンチテーゼにもなっているのかもしれない。今後、こうした地方への流れが広がれば、日本のものづくりの未来が、世界の中で再び輝きを取り戻せるかも知れない。
「時間」に対する強い危機感がモチベーション
起業家によって、事業に対するモチベーションはさまざまだ。幼い頃からの夢を実現したり、はたまたコンプレックスがあったり、何かしらの強い想いをパワーに変換している。「私は、時間に対する恐怖心がモチベーションです。両親がやや高齢になって生まれた子どもだったため、経営者をしていた父親を越えたいと思いながらも、親が元気でいてくれる時間はそう長くないと感じていました。自身が親となった今、子どもを見ていると、さらに時の早さを感じます」。自分が年齢を重ねるごとに、いかに人生が短いかを気づかされるという伊藤氏。地球の歴史を1時間で表した場合、人間がいた時間など1秒にも満たない。一人の人間の一生など、数えることもできないだろう。その短い時間の中で、何ができるのか、何を残せるのか。伊藤氏は時間と向き合うことで、自らの生き方を確信できたという。「宇宙と比べたら人間の一生なんて一瞬ですよ。しかし、いま現在、人類は存続の危機に瀕しています。化学技術が進歩した割には、持続可能な資源の使い方がまるでできていません。さまざまな社会問題は深刻化し続けています。僕はいま偶然生かされているんですから、世の中を良くするために人生をかけて働いてもいい、そう思っているんです」。そんな伊藤氏の人生に影響を与えた言葉を2つ挙げてもらった。一つは、Appleが挑戦者だった頃の「Think Different」。キャンペーン広告としても影響力を発揮したこのフレーズは、挑戦者精神をいつでも思い出させてくれるという。もう一つは、1983年にリリースされたDon Williams の曲名でもある「Pressure Makes Diamond」というフレーズ。こちらは挑戦者として悪戦苦闘する日々を支えてくれるのだとか。
エネルギー業界は大きな転換期にある
2025年2月、エネルギー基本計画が閣議決定された。日本の中長期的なエネルギー政策の方針として再エネを主電源とする旨と、原発再稼働が決定したのだ。この二つは日本が唯一持っている国産エネルギーであり、蓄電池は計画を推進する上で必ず用いられる。「誰にも発表していないのですが、2025年のテーマは〈猛烈アタック〉です(笑) 。会社としての下地が出来上がり、体制も整ってきた今年。エネルギー基本計画の発表も追い風にしながら、玉野から全力で攻めていきます」。また、「私たちが今取り組んでいるのは、単なる技術開発ではありません。エネルギーの流れそのものを変え、日本が持続可能な未来へ進むための基盤をつくることです」と伊藤氏は続ける。今後、日本がエネルギーの主導権を握るには、地方の活性化と連携が不可欠だ。パワーエックスの操業と瀬戸内産業芸術祭は、その先駆けとなるモデルに違いない。この成功が全国へ波及すれば、日本全体の産業構造にも変革をもたらすかも知れない。パワーエックスこそ「?」と「!」である。
PROFILE
○いとうまさひろ
1983年、東京都生まれ、芦屋育ち。学業のかたわら、17歳で株式会社ヤッパを設立。2001年5月、世界で唯一の3D技術を保有するイスラエルの3Di社と契約し、独自技術の開発に注力。3D画像の製作数を飛躍的に伸ばすも、2008年末、3D画像事業を他社に譲渡。電子出版ソリューション事業に注力し、新聞社、雑誌社などを中心とした幅広い顧客からの支持を得て、第29回経済界大賞「青年経営者賞」を受賞。2021年に株式会社パワーエックスを設立。2024年には岡山県玉野市に国内最大級の蓄電池工場を建設する。
HP. https://power-x.jp/
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