地域のキャッチフレーズは、その土地を外から映す鏡であり
内側から見直すレンズでもある
それを考えることは 一行に凝縮する創造行為であり、
内と外をつなぐ言葉の架け橋をつくることでもある
岡山を知らない人にとっては、想像を喚起する入口となり、
知らぬ土地への関心を呼び起こす
岡山で暮らす人々にとっては、日々のあたりまえを再発見する手がかりとなる
土地の魅力を見つめ直し、言語化することは 地域の現在地を確かめ、
これからの輪郭を描く試みにほかならない
キャッチフレーズとは、単なる印象操作ではなく その土地の価値や誇りを言語化し、
共有するための小さな設計図だ
岡山という地域が、何を選び、どう伝えるのか
それは、岡山の可能性を更新する、静かな宣言でもある
#PROLOGUE
新しいキャッチフレーズ 「カッコいい、岡山県」
はじめに言葉があった
旧約聖書『創世記』で神が「光あれ」という《言葉によって世界を創造した》という描写は新約聖書『ヨハネによる福音書』冒頭の有名な一節「はじめに言(ことば)があった」に直接つながる発想とされています。これは、どちらも「言葉」を通じて宇宙や世界が生まれるという構図を示したもの。こうした宗教的解釈を離れても、よくよく考えてみると、人間社会や世界を形づくる根源原理には「言葉」があるといえるのではないでしょうか。つまりは、言葉こそが現実をつくり上げ、発展させる原動力になるということです。日本においても、古くから言葉には特別な力が宿るという考え方がありました。陰陽師が唱える呪文や祝詞にも、言葉そのものに災厄を遠ざけたり秩序を整えたりする力があるという考え方が色濃く表れています。人類の歴史や神話を振り返ったとき、重要な場面で語られた言い回しや物語が、国家や民族、社会 の在り方を左右してきた事例は数多く存在してきました。 こうした言葉の力を地域に引き寄せると、その土地を表す「キャッチフレーズ」を十分に練ることは我が街の未来を形づくる創作行為に等しいと言えるのかもしれません。それは文字そのものが象徴する力も併せ持った強い推進力になるような気もします。そこで今回は岡山の各業界で活躍する13人にそれぞれの立場と視点から岡山の新しいキャッチフレーズを考えてもらうことにしました。
ザ・ランド・オブ・サンシャイン
岡山のキャッチフレーズは「晴れの国おかやま」です。これは、平成元年(1989年)から岡山県のトータルイメージを表現する言葉として使われ始めました。「晴れの日が多い」「温暖な気候で災害が少ない」「美味しいものが多い」「自然がいっぱい」といったことを総じて「晴れ」と称しているようですが、実は年間の降水量が少ない日が多いことを謳っており、晴天の日が全国一位という意味ではありません。他の意味合いも汎用的でよその地域にも当てはまりそうなものばかり。正直いって「微妙だな」と思ったのが今回の巻頭特集を企画した出発点でした。しかし、岡山県知事へのインタビューの言葉から私の捉え方に変化が生まれます。知事は、自身のスタンフォード大学への留学経験を引き合いに「気候しか誇るものがない」ではなく、「《晴れ》の価値を語る余地が十分にある」ことを教えてくれました。また、これは私の不勉強でもありますが、岡山県の海外向けプロモーションでは直訳に近い「 Sunny Country 」や「Sunny Land」ではなく、「The Land of Sunshine」というフレーズを使っていることを教わりました。晴天を表す概念を越えて晴れやかな日常や心弾む旅の期待を抱かせる—— そんな印象を与えるこのフレーズは海外の人々に対して強い魅力を放っているように思えます。また、岡山で暮らす私たちにとって も、 その場を一瞬で明るく照らし、 肯定的な気分を誘う力があるように感じました。 これは、「晴れの国」では語りきれなかったものが、別の言葉に内包されて立ち上がってくる好例ではないでしょうか。「言葉を外に向けて磨く 」 ということは自分たちに返ってくる問いと向き合うことでもあります。その土地のキャッチフレーズとは、 地域の印象を決めるだけでなく、自分たちが何を誇り、どう在りたいかを表す意思表示なのです。
岡山を、そう思えること
私が考えた岡山の新しいキャッチフレーズは、「カッコいい、岡山県」です。『 岡山をもっとカッコいい場所にする 』。これはプラグマガジンが創刊から掲げている編集方針でもあります。ファッションカルチャー誌を名乗る媒体として、装いを軸にした企画や特集を折々に取り上げてきました。しかし、私たちのいう《カッコいい》とは、ただ見た目がお洒落なことやヴィジュアルが美しいといった意味ではありません。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、人を説得する3要素に「エトス(信頼・人柄)」 「パトス(情熱・共感)」 「ロゴス(論理・知性)」が必要だと説きました。私たちが《カッコいい》と感じる対象にも、この3つの要素が重なり合っているか、そのうちの一つが際立っています。そして、そこに装いや視覚的な魅力が加わったとき、それを迷いなく《カッコいい》と呼びたくなるのです。 これからの時代、《カッコいい》という物差しは、地域にとって欠かせない価値基準になると私たちは考えています。人がカッコよくなれば、場所もそう見えてくる。それは、人口の多さや経済規模といった指標よりも、人を惹きつけ、誇りを育てる力になると思います。都市の競争力を支えるのも、単なる数字ではなく、そこに息づく美意識や文化のような目に見えにくい直感的な価値こそが、鍵を握る時代になっていくでしょう。何より、自分の暮らす場所がカッコいい——そう思えることは、日々の生活を肯定できる確かな自信になるはずです。
Three Appeals with Style
♯KAKKOII OKAYAMA
Cool(クール)」ではなく 「カッコいい」
英語には、 「cool」 や 「awesome」、あるいは 「stylish」 や 「handsome」など、「カッコよさ」に近い言葉がいくつも存在します。しかし、日本語の《カッコいい》が含む感覚を、ぴたりと置き換えられる言葉は、英語に限らず他の多くの言語にも見当たりません。見た目の良さだけでなく、所作や人柄、考え方や雰囲気までも含んで捉えるこの言葉には、日本語ならではの感性が染み込んでいます。かつて「カワイイ( KAWAII )」が、ストリートファッションやアニメなどのカルチャーを通じて海外に広まり翻訳されずそのまま受け入れられたように、「 カッコいい(KAKKOII)」もまた、うまく伝われば世界に届く可能性を秘めています。現時点で、「カッコよさ」を前面に押し出した都市ブランディングは、日本国内ではほとんど見られません。だからこそ、岡山が先例になれる可能性があります。すでに岡山には児島のデニムをはじめとする繊維産業やものづくりの分野で、国際的に高い評価を得ている実績もあります。そうした「産地としての岡山」だけでなく、そこに暮らす人々や地域全体の気質・感性そのものが《カッコいい》という言葉で語られるようになれば、岡山は、新たなシビックプライドとともに、世界でプレゼンスを発揮することができるかも知れません。 「地域」や「地方」といった曖昧な認識は、外部からの視線があって初めてくっきりと浮かび上がってくるものです。田舎であったとしても、「田舎者」ではいけません。 日本政府の「COOL JAPAN」戦略などに便乗するのではなく、『KAKKOII OKAYAMA』という自らの旗をグローバルに掲げることで、自覚と主体性が生まれ、私たちがもっと能動的に踏み出せる契機にもなるのではないでしょうか。
「カッコいい」か「ダサい」か
「世界4大デザインアワード」と称されるグッドデザイン賞(2024年度)で、プラグマガジンは「岡山県の企業」、「雑誌」ともに史上初となる金賞 (経済産業大臣賞) を受賞しました。創刊20周年の節目に、国内外で活躍するクリエイター約100名からなる審査委員の評価を受けたことは、自分たちのこれまでを振り返り、これからを形づくる新たな出発点になったと実感しています。審査過程で想起した「雑誌を起点とした新しい地域社会のデザイン」には、小さくとも確かな可能性があるはず。力及ばずながらも、自分たちの目指す「カッコいい岡山県」の実現に向けて、 この先も雑誌づくりと諸活動に取り組んでいきたいと考えています。それは、いわゆる「地方創生」ではなく、ファッションの力を援用しながら、今あるものを編集によって魅力的に引き立てる プレイス・メイキング。「 街は人であり、装いは人をつくる 」という信念のもと、カッコいい人が地域からオーソライズされ、カッコいい人やモノやコトをどんどん増やしていくこと。私たちはそれを、「地方 ”装“ 生」と呼ぶことにしました。 儲かっているか、数字で勝ってるか、有名か、バズってるか—— ではなく、「カッコいい」か「ダサい」かを見極められるセンスを養っていくべきです。この考えで気を配るなら、もちろんキャッチフレーズもカッコいいほうがいい……. 私の考えた「カッコいい、岡山県」が「ちょっとダサくない?」、「恥ずい」、「イケてない」と思った人もそうでない人も。
あなたなら、岡山県にどんな新しい「キャッチフレーズ」をつけますか?
プラグマガジン編集長 YAMAMON