COLUMN
VOL.07 古市大藏の岡山表町慕情。
22 April 2021
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岡山のまちづくり・ひとづくりの立役者であり世話人、古市氏による表町を舞台にした考察コラム。

Photo: Yukari Fujii text: PLUG

街独特の「音」が奏でるノスタルジー

夏の夜の花火、冬の空気に響く寺院の鐘。あるいは黒住教の御神幸の際に奏でられるお囃子など、季節ごと岡山に響く「音」はいつもそばにありました。また、以前の表町では、アリスの広場や時計台前で音楽だけでなく様々な演説、広報活動が行われており、あらゆる「音」でいっぱいでした。「音」が消えたことで人の流れも変わり、街から賑わいが失われたように思います。「音」は地域の衰退に大きく関係していると言っても過言ではないでしょう。そうした背景を掘り起こしながら想いを馳せると、私にとって大切な「音」は、だんじり祭りで唄われた「備前岡山太鼓唄」の《コチャエ》に行き着きます。
子どもたちが唄った《コチャエ》や、ランドセルを背負った小学生が友達とはしゃいでいる声など、天真爛漫な子どもの声こそ街の活気を象徴する「音」だと考えます。商店街の存在価値とは、人が集い、行き交うステージの演出。集ってくる「人」を置き去りにした店づくりでは価値を創造することはできません。訪れるお客様と迎える商店主、働く従業員全員に笑顔をつくり出すことが目的となるべきだと思っています。

《コチャエ》はエールであり、アイデンティティ

現代の岡山の祭りといえば「うらじゃ」ですが、「だんじり」は、エンターテイメント性の強い「うらじゃ」とは対をなす、江戸時代から地域に根ざした歴史ある祭りです。当時は東山丘陵の玉井宮東照宮から、宇喜多直家が築城した石山城の本丸跡、旧内山下小学校辺りまでの長い道のりでだんじりが引かれていました。町民に武士の格好、つまりコスプレで笛や太鼓に合わせて「コチャエ、コチャエ」と唄いながら街を練り歩いたということです。その歴史にならって表町商店街の町内会が受け継いできたのは、地域の歴史に対する敬意の象徴であり、同時に多くの人が集っていた豊かな時代を映す原風景でもあります。《コチャエ》は「こちらへおいで」とか「こちらはいいぞ」という囃子言葉ですが、祭りが一大イベントであった私の世代にとっては心地よいエールなのです。当時の豊かさや彩りをたたえた鮮やかな五感を表すために、この店の名前としても冠しています。
2023年に迎える岡山石山城築城450周年の節目を見据え、この《コチャエ》を基にした踊りをつくり、地元に根ざした独自の「音」を復元しようというムーブメントが起きています。子どもたちの思い出の中に《コチャエ》の「音」を響かせることは、すなわち生まれ育った街にアイデンティティを確立させること。他の都市と代わり映えしない建物と風景の中のみで培われた幼少期ばかり過ごしてしまっては、自分の足元がおぼつかない根無し草になってしまうのではと危惧します。地元岡山の文化と自分のルーツを楽しみながら体験することが、ゆくゆくは自由でグローバルな夢へと向かっていける足がかりになるのではないかと考えています。若い世代の皆さんが大きくて華々しい都市部へ憧れる気持ちは否定しませんが、地元の文化や歴史をきちんと知った上で、誇りを持って歩んでほしいのです。

強い言葉に導かれ、ようやく現れつつある街の形

過去に、「燃えろ岡山」という強いスローガンに導かれた県民運動があったことをご存知でしょうか。強い言葉が先立ちますが、1985年に掲げられたこの県民運動は、瀬戸大橋の開通を3年後に控えて経済発展への期待に満ちていました。当時の県知事自ら積極的に県政に大鉈を振るい、活力のある街づくりを目指して大々的に展開されましたが、“熱くなれない”県民性が災いし、この運動を成功に導くことは難しかったようです。しかし当時は非難を浴びた吉備高原都市計画や矢掛の町おこしなど、今になってようやく形になりつつあることを考えれば、たいした先見の明があったことは事実。このように強い言葉や先を見越せる力に宿るのは、すぐ手に入る結果ではなく、未来へ導く道筋をつくることができる、ということなのでしょう。ちなみに、現在の「晴れの国おかやま」へと続くプロローグ的存在でもあります。
表町千日前にて2023年の完成に向け進んでいる「岡山芸術創造劇場」プロジェクト。約1,750席の大劇場をはじめ中劇場、小劇場と交流スペースを有し、文化芸術の発展を目的としながら、表町エリアだけでなく岡山全体をも変える力になり得る建造物です。だんじり《コチャエ》復元と同時に、次世代につながる新たな地域の「音」づくりへ寄与していくことが期待されています。

〇古市 大藏(株式会社トミヤコーポレーション 代表取締役 会長)
1945年岡山市生まれ。世界の一流品を扱う時計・宝石の専門店を岡山県内に11店舗展開する㈱トミヤコーポレーションの代表取締役会長。岡山商工会議所副会頭のほか様々な地域経済団体でも役職に就き、長年に渡って岡山のまちづくりに尽力し、地域を担う若手の育成や教育にも携わっている。商人の精神「三方よし(売り手・買い手・世間)」に(地球・未来)を加えた「五方よし」の精神で地域の未来を見据える。

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