COLUMN
VOL.25 道
09 May 2022
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葬祭業界と地域社会の活性化に邁進し、儀礼文化の形骸化に警鐘を鳴らす井上万都里が連載する対談企画。
それぞれの道を強い意志で歩み続けるゲストの言葉から、あなたの人生を切り拓く明日のヒントが見える。


「神仏習合」を特別に許された貴重な稲荷山

井上)「日本三大稲荷」として、また初詣と言えば真っ先に思い浮かべる場所として、岡山県民のみならずおなじみの最上稲荷。祈祷本尊は最上位経王大菩薩(最上さま)でいらっしゃいますが、昔から“お稲荷さん”と親しみを込めて呼ばれています。

稲荷)稲荷神は、もともと一般大衆のための神様です。発祥は奈良時代、農民がほとんどであった時代ですから、五穀豊穣を叶える農耕神でした。時代とともに商工業など産業全体から家内安全、交通安全など幅広く見守ってくださるという、もともと親近感のある神様なのです。私の肩書も住職ではなく「山主」とさせていただいております。宗派によって呼び名は違っていますが、要するに当山を代表する者という意味ですね。

井上)神仏習合(しゅうごう)の名残を伝える稀有な存在です。お寺なのか神社なのか?一般の方には少し難しいかもしれませんね。

稲荷)それを知っていただくには歴史を遡る必要があります。ルーツは今から1200余年前。 天平勝宝4(752)年、報恩大師が天皇の病気平癒の祈祷を行っていた際に、最上さまが龍王山中腹にある「八畳岩」に降臨、感得したと伝えられています。当時日本の仏教は神道と融合したいわゆる「神仏習合」時代。当山も「龍王山神宮寺」として繁栄を極めていました。
しかし戦国時代以降、荒廃が進んでしまいます。理由の一つに有名な黒田官兵衛献策による「備中高松城水攻め」の戦で、豊臣(羽柴)秀吉の最初の陣が当山に築かれ、堂宇の消失に見舞われたこと。その後日蓮宗によって復興されたため天台宗から日蓮宗に改宗しましたが、最上さまを祀っていることには変わりなく、「稲荷山妙教寺」と名を改めて神仏習合のままでした。さらにその後、明治期には神道と仏教をはっきり区別するように指示された「太政官布告(神仏判然令)」が布告。当山も従う必要がありましたが、当時の山主がルーツと歴史を強く主張、特別に「神仏習合」の祭祀形態を許されたという歴史があるのです。

井上)岡山県では神仏習合を許されている唯一のお寺です。全国的にもここまでの規模を維持しながら、現在まで伝わっているというのは非常に珍しい存在なのですね。


バラエティに富んだ境内
歴史探訪から、祈祷・供養も

井上)大鳥居や御本殿が有名ですが、広い境内では様々な文化財にふれることができるほか、歴史的に名高い地でもあります。ご祈祷もご供養も境内でできるなど、多彩な経験ができるお寺ですね。

稲荷)初詣だけでなく、イベントを企画したり、オンラインでのご祈祷申し込みを受け付けたりと時代に合った取り組みにもチャレンジしています。その根底にあるのは「縁無き衆生は度し難し」つまり、どんなに手を差し伸べたいと願っていてもお詣りいただけなければご縁をつくることはできないという考え。お詣りいただいてはじめて、神仏に声が届き、悩みの解決や願いの成就が叶うのです。きっかけは遊びや観光で十分。まず足をお運びいただき、聖域霊域そのものである境内の雰囲気を体験していただくことが大切だと考えています。

井上)気軽に訪れたい場合に、おすすめの場所はありますか?

稲荷)厄除けや商売繁盛、美麗、人気、愛嬌など様々な神様が祀られている「七十七末社」の一つに、「縁の末社」があります。縁結びはよく聞かれますが、当山では現在の悪縁を絶った後で良縁を結ぶ「両縁参り」をおすすめしております。1月以外の毎月7日は僧侶とともに正式参拝できる体験もあり、若い女性を中心にご好評をいただいております。

井上)当社は県内19ヶ所を数えるエヴァホールにて「エヴァホールマルシェ」を2016年から企画開催してきました。コロナ禍で現在は実施できていませんが、エリアで話題のグルメやワークショップなど、人が集う《縁日》です。まずは《縁》、人と人の接点づくりがテーマ。普段から門戸を広げておいて、悩みが生じたり心の拠り所にしたいと感じたりなど、宗教を必要としたときに思い出していただける存在になりたいと考えています。


人間の素地にある《宗教心》
年齢や経験を重ねることで変化

井上)宗教離れや儀礼文化形骸化に対する危機感はお感じになられていますか。

稲荷)儀礼に携わる者なら誰しもが感じていることだと思います。しかし、私自身がまだ若者だった30年前にも、同じように危惧されていたんですよ。なんとか若者に興味を持ってもらおうと四苦八苦していました。でも実は、人生経験を積んで年齢を重ねることが信仰心の芽生えにつながっていくもので、若者は信仰心が“ないように見えるだけ”なのではないかと考えています。また、初詣やクリスマスなど、暮らしの中に入り込んでいる宗教に関わる習慣や行事に抵抗がない。つまり《宗教心》は人間の素地として根付いているのではないでしょうか。何かをきっかけに、もともと持っていた《宗教心》が《信仰心》へと変わるのではないかと思っているのです。

井上)人間関係が希薄になっていたり、生まれた場所から離れて生活していたりと、近年家族の形態が変化しているため葬儀の際にはじめて実家の宗教を知るということも少なくない。つまり、葬儀をはじめ冠婚葬祭、宗教行事は人と人の《接点》をつくることができる。「葬祭業だからこんなイベントはできない」などと範囲を決めてしまわず、既成概念に縛られない柔軟性が今後はますます重要になってくるのかもしれませんね。

稲荷)私たちも“最上稲荷であればなんでもできる”というイメージをつくりたいと考えて取り組んでいます。ペット霊園やオンラインでの祈祷受付、縁起物の授与なども現代ニーズに応える形で生まれたもの。コロナ禍も影響して時代の流れが以前より格段に早くなっており、これからさらに柔軟に対応していかなければならないと考えています。


「不易流行」の精神で時代に合わせて変化する

井上)伝統と進化のバランスを素晴らしく維持されている印象です。伝統を守るばかりでもいけないし、旧きものを捨て去るのもいけないと、常々考えているのですがなかなか難しいものですね。

稲荷)「不易流行」という言葉があります。本質的なことは残したまま、必要に応じて時代に合わせて変化させていくことが大切ですね。先ほどお話ししたように、どんな形であれまずは雰囲気やイメージにふれていただくことが最初の一歩です。そこから《信仰心》へと変えていけるかどうかは私たち伝える側、宗教人に与えられた使命なのではないかと思っています。どれだけ科学が発展しようとも、人間が人間である以上、悩みは尽きるものではありません。“宗教は、痛みや不幸せすべてを取り除く”などとおこがましいことは決して言えませんが、“解決の一助”へ導くことが宗教がなし得ることのひとつだと考えます。

井上)山主は30年前から宗教を身近に考えていただくために、様々なアプローチ方法で取り組んでこられています。やはり積極的に向き合い、常に進化を続けなければならないというのが真理なのかもしれませんね。


悪いことが起こった次には
必ず良いことが起こる

井上)コロナ禍が約2年間と、当初の予測以上に長引いています。疲弊しきっている方たちにメッセージはありますか?

稲荷)世の中は常に変化しているもの。ずっと良い状態が続くこともなければ、悪いことばかりが続くこともないのです。「有為転変は世の習い」と言って、現状というのは様々な因縁が絡み合って顕れたもの。コロナ禍はまさに災禍でしかありませんが、必ず収束するものです。まさに今苦しんでいる方には辛いこととは思いますが「冬来たりなば春遠からじ」。苦しんだ以上に幸せがやってくると信じて、ぜひ前を向いてほしいと思います。



「安心(あんじん)こそは最上の幸せなり」

井上)人の悩みに寄り添っておられるのですね。

稲荷)当山の目的は人々に「安心(あんじん)」、つまり、仏教の功徳によって迷いがなくなった安らぎの境地をお与えすることにあります。法句経の中にある「安心(あんじん)こそは最上の幸せなり」という一節。幸せというのは人それぞれですが、心が安らかになることが人の目標であり、そのためのご祈祷で、そのためのご供養だと思っています。もちろんお詣りいただければ即「安心」となるわけではなく、何事も因縁があって現在が生じるもの。常日頃から努力を重ね、「安心」の境地に至ることができるよう、皆さまのお手伝いをしていきたいと考えています。


納骨堂(最上霊廟)建立
新しい供養のカタチ

井上)ご供養にも力を入れられていますね。

稲荷)古来、葬儀や供養は菩提寺が執り行うものでしたが、核家族化が進む中、菩提寺を持たない世帯が増加しています。そうしたご家庭のお悩みを解決したいと考え、現代の生活様式に合わせて永代供養も可能な納骨堂(最上霊廟)を建立しました。ご家族の代わりに最上稲荷山妙教寺の僧侶が毎日、ご供養させていただくため遠方の方にも安心です。

井上)近年では葬儀や供養などを省略したいと考えられる方が増えています。離れて暮らしているせいで故人がどんな葬儀、どんな供養を望んでいるのか遺族が知らないのですね。その結果、家族葬が主流となっているという背景があります。

稲荷)葬儀とは、“送られる者のため”と“送る者のため”両面があると思います。しかし現実は“送る者”つまり遺族ばかりに着目されている気がしています。両者ともに満足できる葬儀こそが必要なのではないかと私は思います。

井上)自分なら、生前にお世話になった方全員に知らせていただきたい。人間関係を知らないというだけで、つながりを勝手に断ってしまうのは悲しいことです。葬儀は人の集大成、生きた証です。葬儀社として、葬儀がなぜ必要なのか、儀式の意義をしっかりと伝えていかなければなりません。

稲荷)遺族のご負担もあるかと思いますが、自分の最期を自分らしく行うこともまた「安心」。これからは宗教家と葬儀社がより協力し新たな儀礼文化をつくっていくことが必要なのかもしれませんね。

井上)我々も儀礼文化企業としての誇りと使命感を胸に、役割を担っていきたいと思います。




◎井上 万都里 株式会社イノウエホールディングス 専務取締役
儀礼文化研究所の創設など文化伝承にも貢献する葬儀社、株式会社イノウエホールディングス専務取締役。オカヤマアワード副会長、葬儀社による全国大会ネクストワールド・サミットの実行副委員長も務める。

◎稲荷 泰瑛(日應) 最上稲荷山妙教寺 山主
1958年岡山市生まれ。慶應義塾大学法学部・立正大学仏教学部卒業。1992年、現最上稲荷山妙教寺代表役員。1998年に岡山青年会議所理事長を務める。2009年、日蓮宗に復帰・転宗する。



◎最上稲荷山妙教寺(最上稲荷)
天平勝宝4(752)年、報恩大師が天皇の病気平癒の祈願を龍王山中腹の「八畳岩」で行った際にお稲荷さんを感得。様々な歴史に翻弄されながらも伏見・豊川と並ぶ日本三大稲荷として1200余年の歴史を紡いできた。「不思議なご利益をお授けくださる最上さま」として、多くの人々に親しまれている。
住所:岡山市北区 高松稲荷712/電話:086-287-3700/https://inari.ne.jp/



◎株式会社イノウエホールディングス
住所:倉敷市二日市511-1/Tel:086-420-1000/http://inoue-gr.jp/

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