「岡山イノベーションコンテスト2017」大賞や隈研吾氏とのコラボ作品での2018年グッドデザイン賞受賞など、「小屋やさん」で一躍その名を世間に知らしめ、「屋根やさん」「遮熱やさん」事業も好調な植田板金店。創業は約50年前の1976(昭和51)年、建築物の屋根や外壁、雨樋といった外装部分を施工する建築板金業を事業の柱としていた。現在もメイン事業として多くの取引先を抱え、評判も高い板金屋だが、2代目社長の博幸氏が事業継承した当初は、いつ倒産してもおかしくない状況だった。 事業の方向性は変えることなく、社内改革と自ら持っている武器の使い方を変化させた。ただそれだけで驚異的なV字回復と以前の3倍となる売上額を達成。さらに進化の歩みを留めることなく、数年後迎える50周年に《日本一の板金屋》を射程圏内に捉え、新たな挑戦と躍進を続けている。
◎植田 博幸(Hiroyuki Ueda)
株式会社植田板金店 代表取締役
株式会社植田板金店 代表取締役。1973年植田板金店の二男として生まれる。高校卒業後、建築系の専門学校に進学するが中退、アルバイトに打ち込んでいる中、母の勧めで実家に就職。必要な技術を数年の間にすべて習得するが独立はせず、現場作業はもちろん、営業や工務などすべての仕事をこなす。2010年、多額の累積赤字を背負った同社の代表取締役に就任。その後「小屋やさん」など様々な挑戦を成功させ、12年連続増収に導き、売上を代表就任時の3倍までに伸ばした。
◎株式会社 植田板金店
住所:岡山市中区藤崎673
電話:0120-76-3686
https://uedabk.co.jp/
【HISTORY】多額の累積赤字と債務超過、倒産寸前の家業を継ぐ
1976(昭和51)年に創業した、当時の植田板金店は従業員3名、家族経営の延長だった。しかしながら“人を育てる”先代の志が比肩するものはない高い技術力をつくり、さらに時勢にも恵まれ順調な経営がしばらく続く。やがてバブル景気崩壊後から続く平成の大不況に見舞われ陰りを見せるころ、のちに2代目社長となる当時19歳の博幸氏が入社。がむしゃらに職人としての腕を磨いている時、先代が新規事業を立ち上げる。そこで営業として仕事を受注し、時には工務として現場を取り仕切るが、奮迅の活躍の裏側で経営は悪化の一途を辿っていた。
「2001(平成13)年、幹部が急遽退職したことをきっかけに、実質的な経営者となりましたが、経営状態はボロボロでした」と博幸社長は当時を振り返る。「子会社も含め、累積赤字ととんでもない債務超過。多額な金利でしか借入できず、わずかな金額でも先代だけでは難しく、まだ役員でもない私が保証しないと借入が出来ない状態にまで陥りました」。退職した幹部社員たちは先代社長についていけない、と反発した上での独立。職人と取引先は3割以上が幹部社員についていき、仕事は激減してしまったのだ。当時は結婚後間もなく、お子様も生まれたばかり、家族も会社も両方を守らなければならない。博幸社長にとってはまさしく“背水の陣”での事業継承となってしまったのである。
「とにかく攻めるしかなかったんです。元請業者さん、外部の職人さんとのネットワークをもう一度見直し、とにかく『仕事をください』と走り回りました」。新規顧客の獲得に成功したことで、以前の売上を下回ることなく危機を乗り切る。それから8年後、先代社長の退任と同時に正式に代表取締役として就任したのは2010(平成23)年のこと。2年前に発生したリーマンショックの爪痕がまだ深く残る時期であったが、博幸社長は5S(整理/整頓/清掃/清潔/躾)の徹底を中心に、企業体質の改善と並行して営業活動に注力した。そして社長就任時に打ち立てた年商10億円を4年後の2014(平成26)年に達成し、以後も平均で前年度比110%の伸びの増収を続け更なる成長を成し遂げた。
【CHALLENGE】「小屋やさん」の大ヒットで新たな事業を開拓
今なお事業の柱となっているのは創業時と変わらず、建築板金業である。近年住宅分野でも人気が高まっているガルバリウム鋼板など、屋根や外壁の金属板を加工する技術へのニーズは引きも切らず、屋根や外壁、雨樋工事と合わせて、下請けとしてのBtoB事業が売上の8割以上を占める。ところが「いずれもう1本の柱として成長させたい」と社長が意欲を燃やしているのは、同社の名前を全国区に高めた「小屋やさん」をはじめとしたBtoC事業である。
「小屋やさん」は、これまで築き上げた高い板金技術が基盤になっている。限られたスペース内でも建築できるコンパクトなフォルムでありながら、一般住宅にも劣らない快適なクオリティ、リーズナブルな価格帯を実現し、事業開始後わずか2年間で販売戸数100棟を突破。「岡山イノベーションコンテスト2017」大賞の受賞や、翌年には世界的建築家隈研吾氏とコラボした「小屋のワ」シリーズは2018年グッドデザイン賞を受賞するなど話題にも事欠かない。「隈さんとのコラボ小屋は板金を深く知らないからこそ生まれる発想がインパクトのあるものでした。技術力向上の意味でも新しい挑戦と発見がありました」。なお、CLT(直交集成板)材を使用したコラボ第2弾作品の発表も6月に国立競技場での開催を控えている。
「小屋やさん」同様に元々持っている技術力を一般顧客向けにスライドした新ブランド「屋根やさん」「遮熱やさん」もスタート。「遮熱やさん」ではオリジナル商品の超薄型高遮熱材“シャネリア”を屋根や外壁に敷設することで、断熱材だけでは防げない室内の温度上昇の主な原因となる輻射熱を97%カット。熱中症のリスクが高まる季節に、工場や倉庫などの労働環境をできるだけ快適に改善し、従業員も健康的に働きやすく作業能率も向上、空調稼働費の大幅カットが可能になり、SDGsそしてカーボンニュートラルの取り組みにも大きく貢献している。また本業であるBtoB事業も順調に伸びており、現在の事業規模は年商17.4億円、従業員60人、請取職方と専属職人を含め150人超と中国地方ではNo.1規模。「雨天時に作業ができないこの業界にとって、社員雇用はリスクでしかないため、社員数は全国トップクラスかもしれません」。リスクを厭わず、従業員の雇用はもちろん、一人前の職人として成長すれば独立を後押しし、業務提携を結ぶことで協力と支援を惜しまない。先代から受け継がれたDNAである《“人を育てる”事が第一》、組織としての足固めは常に“人を育てる”が中心に置かれている。
【to the FUTURE】50周年に向け《日本一》を目標に人づくりを進化
日本企業のセオリーとして、現場に近ければ近いほど企業規模が拡大しづらい仕組みがある。建築板金業も例外ではなく、現在成し遂げている数字は決して見劣りするものではない。しかし社内の共通認識として全員で目指しているのは、“売上/利益率/社員数/平均年収/地域貢献度/5S達成率”すべてにおいて《日本一の板金屋》になることだ。「2026年に迎える50周年までには、現在から200%UP、つまり年商30億を達成したいと考えています。実現のためにはBtoC事業拡大と人材育成が鍵」。収益体質の抜本的改革と、企業としてのブランディング、“植田板金店に仕事を任せることがステイタスになる”という圧倒的な信頼性の構築だ。
「建築業、特に板金業はいわゆる“3K”なイメージが拭えません。業界全体で高齢化が進み、若い世代は興味すら持ってもらえない。BtoC事業のブランディングには板金業のやりがいや楽しさをアピールする狙いもあります」。就業環境の整備も急ピッチで進められ、待遇面やライフワークバランスを充実させることで、優秀な若手人材の確保に成功している。「もう一歩先に行くためには新卒の採用と育成も必要だと考え、組織の底上げを図っている最中です」。すべてを連動させることで、企業構築の肥料として大きくシナジーにつなげる狙いだ。
同社では、一流の職人として認められれば、若くから年収1,000万プレイヤーとなることも少なくない。「人の生活がある限り、どんなにITやAIが進化しようとも仕事がなくなることはありません。大変な仕事ではありますが“やったらやっただけ稼げる”仕組みがある。何より、自分の仕事が表に出て目に見えること、長年残るものであること、住まいの外装部分で皆さまの生活を守ること、その達成感はこの仕事でなければ得られないものではないでしょうか」。現在在籍している社員は経歴も異なっているが、全員が個性や能力を生かして真摯に仕事に取り組み、それぞれの目標を達成するために力を合わせている。「1人でできる仕事ではないからこそ、連携と協力が必須。得手不得手を補い合いながら、全体的なレベルアップを叶えていることは経営者として大きな誇りにもなっています」。手を携え、一丸となって上を目指す植田板金店から、目が離せない。