INTERVIEW;
TOMOKI TANUSHI/ANACHRONORM ディレクター
日本中の若者たちがその一着を手に入れるために殺到した。その中心にあったのは岡山発信のストリートカジュアルブランド。時を経て、ヴィンテージデニムブームの潮流もまた同じ場所から。
傍からは華々しく見えたファッション界のカリスマの歩んだ道は実はうねり曲がった険路だった。「プロダクトを待つ人の期待に応えなければ」自らの意思からは離れたものづくり、そして焦り。当時乱立していたファッションブランドの消費至上主義とのジレンマ。様々な重圧と葛藤から救ったのは他でもない、故郷岡山児島産のデニムだった。
デニムブランド「ANACHRONORM」の立ち上げから17年。
時代が大きく変化を遂げようとしている今、また新たな価値が田主氏の元から生まれようとしている。
次世代ヴィンテージ新たな価値の着地点
90年代のストリートブランド、2000年代のヴィンテージ。 時代のファッションムーブメントをつくり、常に中心にいたのは 《田主智基》その人である。 「balance wear design」誕生から25年が経過した今、 あの頃の熱狂的な喧騒からはひとつ歩を下げ カリスマによる新たな価値への挑戦がはじまっている。
デニムが象ったフィロソフィ
岡山市北区問屋町。間違いなく岡山で最もファッションのアンテナが鋭いエリアだが、その価値を押し上げた一角「ANACHRONORM」。90年代当時に岡山発で熱狂的なストリートファッションムーブメントを起こした「balance wear design」を立ち上げた田主智基氏が手掛けているブランドだ。 「当然、狙って起こしたものではありませんでした。ただ、ムーブメントっていうのは止めることはできないのだろうと」。田主氏は《バランス》ブーム当時を振り返る。意図しないところで激しさが増すほどに自身の葛藤は渦巻いていった。本当にやりたいこと、創りたいモノとはなんなのか—「待ってくれているファン、お客様のためにただ新しいものを創って次、また次、と投げ捨てていくことに疑問が生まれたんです」。そうして振り返った場所にあったのは地元児島のデニムだった。「デニムなら、拘りを傾けられる。自分の目指す《次世代に続く価値》を叶えられる」。 児島の持つ高いポテンシャルに支えられ、自身の描いていたプロダクトを実現した。そのブランドに内包させたフィロソフィとは、まさに現代ファッションの潮流となっている《サスティナブル》だった。「ファッションにはメッセージが不可欠なものだ、と私は考えています。身につける方々がそのメッセージを受け取り、自分の行動のきっかけにしたり、周りに伝えていったりする。《サスティナブル》はじめSDGsの考え方は《アナクロ》の原点とも言えるもの。一過性に終わらせるのではなく、今後ずっと持ち続け、貫くつもりです」。 デニムの価値、辿り着く先 《アナクロ》のデニムは再現性の高いヴィンテージ感と、赤いステッチ、ダブルループに彩られ、独特の魅力を醸し出している。さらに人が纏うことでもう一段階価値を高めるのもファンの気持ちを掴む。ダメージ感はもちろん、着用したときのシワからアタリ、ねじれ感を存分に味わうことができる。「ヴィンテージになぜ魅力や人気があるのか。 デニムにしかない歴史、ストーリーがあるからです」。 ミニマムであり完璧。100年を超えて庶民からセレブまで、まさに古今東西老若男女に愛され続けている《人類のユニフォーム》—それが田主氏の考えるデニムの形。「年月を経て一層味わいが深まっていく《経年進化》のエイジング加工にこだわり。卓越した技術で再現した児島デニムが描くストーリーをどう引き継いで、想いを載せていくか。後世に残すデニムに相応しいブランドとして存在し続けていきたい」。
ヴィンテージからアップサイクルへ
ブランドの誕生から17年、新たなプロジェクト《“UPCYCLE” for YOUR LIFE》がスタート。環境に配慮した原料を使用したファブリックで《新しいものを創る》、そして古着・デットストックアイテムを利用して《今あるものを生まれ変わらせる》、両極にある観点から展開。「お届けしてきた商品で、捨てられないままタンスに眠っているもの。それらをより良いものとして《アップサイクル》で手を加え、楽しんでいただけたら」。 取り組みのひとつに柿渋染めがある。天然染料と手染めが織りなす素朴な味わいが好評だ。「職人さんが試行錯誤を繰り返し、ようやく形になりました。素材を選ばず、ナイロンのような化繊でもOK。素材によって染めて干し、乾いたらまた染めて干し、を繰り返しながら思い通りの風合いをつくり上げます。生地の色に関わらず乗せていくことができるので、デニムは結構面白い風合いになりますよ」。
次世代に残るものを創る
— 「ANACHRONORM」にとってデニムとは。
2000年代に飽和したストリートファッションは《消費》されるばかりのものでした。新しいデザイン、新しいプロダクトを生み続ける終わりのないスパイラルに陥る中で出したシンプルな答えが「残るモノをつくりたい」。その想いが「ANACHRONORM」の骨子となっています。 そして児島の圧倒的な技術との出会いから生まれたのが、ブランドの原点とも言えるジーンズ「ANB-001 TYPE-α」。デニムは、ミニマムかつスタンダード、完成された集大成的なポテンシャルを持っている稀有なファッションアイテムだと感じました。その価値はまさに「人類のユニフォーム」。日常的であり、誰もが知っている素材であり、100年先にも続いていると想像できる。自分たちが目指しているクラフトマンシップを満たしてくれる普遍かつ不変なものだと思っています。
— SDGsとデニム、さらにファッションはこれからどう関わっていくべきでしょうか?
「サスティナブル」「エシカル」ともにいずれ必ず配慮すべき課題としてかねてから認識していました。しかしそれがファッションと組み合わさると途端に《トレンド》一過性のものになりがちで、矛盾が生じてしまう。それでは意味がないと考えています。規模は小さく非力かもしれない。しかしインディペンデントだからこそ、大手ブランドにはできないことを目指したい。“新しいものを生み出す”ことと“今あるものを組み換える”こと、この2つのバランスを取りながら進めていきたいと考えます。また、ファッションには社会的な役割がある。メッセージを出せば、ファンの皆さんへの意識付けや行動を起こすきっかけとなり得るものです。だからこそ、できることからブランドとして取り組んでいかなければならないでしょうね。
— 《デニムの聖地・児島》についての見解は。
「ANACHRONORM」を確立できたのは、児島が児島としてそこに在ったからに他なりません。デニムのように多くの工程を必要とするものは特に、現場とのコミュニケーションや慣れ親しんだ職人さん達とのあうんの呼吸が重要で、これを遠隔操作しようとすると曖昧な部分が出てきてしまう。児島はすべての工程がハイレベル。技術力、開発力、さらに歴史に裏打ちされた信頼と、とにかく総力が高い。それが一処に集積している稀有な存在だと考えます。《“この”表情を創るため》だけにミシンをカスタマイズしてしまう、技術を越えた信念のようなもの。「ああ、こういう姿勢こそが後世に残っていくモノづくりなのだ」とつくづく感じます。ただ「聖地」という肩書きは、ブランドとして海外や周囲から受動的に高められたものであって、本人たちにとっては「日常の営み」以上でも以下でもない。しかし職人のその《堅実な日常の堆積》こそが児島を「聖地」たらしめている所以なのではないでしょうか。
— D2Cブランドなど、これからファッションに携わりたい若者たちにアドバイスを。
インフルエンサーなど、既存の流通に乗せず、ダイレクトに消費者と取引するD2Cは今後も増えていきそうですね。SNSなどを主戦場にするのであればなおさら「ファッションが好きかどうか」が重要だと、私は思います。 雑誌が発表の場だった時代は編集で見せたくない部分を隠すことができましたが、今は本物でなければ見透かされてしまう。《好き》という想いこそが魅力をストレートに表現する最大の原動力なのではないでしょうか。
次世代の拓く道 自らが向かう道
こうした新たな取り組みは《アナクロ》のコンセプチュアルな象徴に違いないが、田主氏が若者に託す思いは他にあるという。「アパレル業界の世情や行く末、危機感に対する感度は比較的ある方だと思うんです。これからはこうなるからこうするべき、と構想はできる。アウトソーシングも含めれば実行力もある」。しかし様々な足枷——販売形式やブランドイメージ、会社の継続——によって鈍くなる動き。若い世代にはそういった柵に捉われず、思いっきり《ファッション》と《トレンド》をやって欲しいと望む。試行錯誤と成功と失敗を繰り返しながらもそれを楽しんで欲しいという願い。「次世代の若手たちが、悩み、壁にぶつかりながらそれでも楽しそうにやっている。『これこそファッションたるものなのかな』と思えました。《アナクロ》も、もともと自分がファッションへの情熱を持ち続けるために立ち上げたもの。同じように彼らにもそのパッションを感じるからこそ、今自分は道をあけるべき時にきていると思うのです」。後世に道を譲ったのち、立ち上げ当初の《持続可能なブランド作り》という志向に立ち返り田主氏は新たな試み《サスティナブル》プロジェクトを展開する。 《アナクロ》の意思を継ぐブランド「ANCELLM」ディレクター、山近和也さん。「ずっと憧れていた田主さんと一緒にやれるのは、願ってもないこと。コロナ禍で業界が変化したのも、自分にとっては逆に成長のチャンスだったと言えるのかもしれません」。二つのブランドが同居する現場はまるで《家内制手工業》状態になっているとか。「海外からの受発注が縮小される中で規模拡大は難しいんじゃないかなと。販売までの仕掛けやブランドの規模感も従来のそれにとらわれず自分達が心地良いと思える、丁度良いサイズ感を模索していきたい」と田主氏。 ファッションも大量生産大量消費からエシカル、サスティナブルへ。《経年進化》するデニムのように、人生に寄り添うことができるOne to Oneへと今後変化していくのだろうか。
〔写真上〕“COTTON USA”認証の取れた米綿100%の原料を使用したデニムのジャケットとパンツは、 2021 1stコレクションからスタートしたサスティナブルプロジェクトのファーストプロダクツ。 長年の愛用を、との思いが込められたベーシックなシルエット。
ジャケット ANSE001 SUSTAINABLE 2nd WORK JACKET TYPE-newε \33,000 パンツ ANSE002 SUSTAINABLE STRAIGHT 5P PANTS TYPE-newπ \26,400
〔写真左〕バックのゲームポケットをアジャストすることでロングコートに変形。 表面にパラフィンによる簡易撥水加工を施しているため、アウトドアシーンでの着用にも。
ジャケット AN125 PARAFFIN HUNTING JACKET \52,800 Tシャツ NM-TS08 STANDARD EMB L/S SHIRT \8,580 パンツ AN128 CORDUROY TUCK WIDE TOROUSERS \35,200
〔写真右〕アウターで着用のメルトンライダースはANACHRONORM公式オンラインストア/balance okayama限定のアイテム。 メルトンの表地とキルティングの裏地はリバーシブル。表裏でスタイル変更が可能なうえ、袖を取り外してベストとしても着用できる汎用性の高いミドルアウター。
ジャケット AN129 MELTON RIDERS JACKET \59,400 Tシャツ NM-TS08 STANDARD EMB L/S SHIRT \8,580 パンツ AN122 CENTER PRESS STRAIGHT PANTS \20,900
○田主 智基
1970年岡山市生まれ。(有)バランス代表取締役兼ディレクター。東京渋谷のデザイン専門学校で学んだ後Uターン、当時の岡山ではまだ珍しかった個人輸入やインディペンデントなものづくりに携わったことが後のクリエイティブのルーツとなっている。1996年にストリートブランド「balance wear design」を立ち上げ、当時爆発的なストリートファッションブームの中心となった。新しい価値を求めるために、デニム素材、リアルエイジング、リメイクに特化した「ANACHRONORM」を2004年にスタート。
https://anachronorm.jp @anachronorm262