岡山のまちづくり・ひとづくりの立役者であり世話人、古市氏による表町を舞台にした考察コラム。
Photo: Yukari Fujii text: PLUG

《クリスタル界のオートクチュール》「ラリック」常設専門店がオープン

今年4月、表町にクリスタルガラスの最高峰と称されるフランスの老舗ブランド「ラリック」正規販売店がオープンしました。路面店としては国内初の試みであり、常設店舗としても西日本エリア初出店。取り扱うものは1万円の香水から3,000万円のテーブルまでと幅広く、クリスタルガラスの美しさを存分にご堪能いただける場所となっています。
私は常々、表町から《ブランド感》が失くなってしまうことを危惧していました。街には、カジュアルで親しみやすい場所、岡山で言えば駅前周辺エリアのような場も必要だと思います。しかし一方で、タキシードやドレスで盛装して歩けるようなポリシーのある場所、そんな場がこの街に一つはあるべきではないか、と。現在の岡山はどこもかしこも同じ雰囲気で、言うなれば“日常”のみしか感じられない街になっていると思うのです。表町がこの街にとって、特別な日に特別な人と訪れるような“非日常”を感じられる《ハレの場所》となっていってほしい、私はそう思っています。
我が社のスローガンは「いいもの世界から いいことtomiyaから」です。「ラリック」もそうした《ハレの場所》の一角として、私の想いを具現化させた場所。世界最高の職人の手作りによる、1点ものの価値ある芸術品を身近に感じていただける《小さな美術館》と位置づけています。“売る”ことが第一義ではなく、“どうぞ見ていってください”というスタンスで、本物にふれる機会の創出を第一の目的に。「歩いて楽しいまちづくり」の一翼を担うことができるなら、これほど嬉しいことはありません。

90周年、節目での“ウェルビーイング”

トミヤは来年創業90周年を迎えます。「今までも　そしていつまでも」をキャッチフレーズに、これからも《持続的な幸せ》を提供できる“ウェルビーイング”な組織でありたいと思っています。これは、刹那的・瞬間的な幸せを表現する“HAPPY”とは一線を画すもの。つまり、お客様の永続的な幸せのために、社員や関わっている方のために、何より、私自身のライフワークでもある「地域のため、岡山のため」トミヤは何ができるのか、という命題への挑戦なのです。
時代が変化し、ライフスタイルや価値観も変わっています。消費構造も大きく変化しており、生活必需品は量販店や大手通販サイトで簡単に購入することができます。では、本当の豊かさとは何か。時代が変化しようとも、人間が価値を見出す対象は変わらないのではないでしょうか。リモートツールやAIなどのデジタルコミュニケーションがいくら発達しようとも、あくまで補助であり、フェイストゥフェイスの直接体験にはかなわない。長引くコロナ禍は旅行で癒やしを得ることを難しくし、高価で美しいものや高級食材を求める方向にシフトしています。そうした背景も相まって、世界の一流品を取り扱うというトミヤの存在は新たな価値を生むことができるのではないでしょうか。


原体験が培う、多様性とアイデンティティ

私は、地域の「風土」というのは“風の人”と“土の人”が織りなす芸術だと思っています。“風の人”というのは岡山に転勤などで一定期間滞在している人。“土の人”は文字通り岡山に根を張っている人です。“土の人”は“風の人”と触れ合い、様々な知識を吸収しながら地域をつくっていくべきだと思うのです。
グローバリズムが進み、海外との心理的な距離が近くなっている反面、自分の生まれた国や地域を軽視する傾向があるように感じています。しかし本来、自分のルーツを大切にすることこそがアイデンティティ。それを確立させないまま世界に出ても、本当の意味でインターナショナルとは言えません。根っこを固めた上で新しい文化や学びを吸収し、融合させて初めて本物となるのではないでしょうか。自分の道を探し追求している最中は“変わり者”とレッテルを貼られることもあるかもしれませんが、本当にやりたいことを実現するためにはそんなこと恐れる必要はないのです。何かを成し遂げたいと思った時には、ぜひ勇気を持って身を投じていただきたい。若い方には心から、そんなエールを送りたいですね。
吉川英治は「菊作り 菊見るときは 陰の人」と詠みました。これは、作った本人は表に出ず、隠れて人々の反応を見て喜びを感じるという意です。私が尽力してきた「本物の価値を提供する」ことが後の岡山にとって、そう感じられるものであってほしいと願っています。

〇古市 大藏（株式会社トミヤコーポレーション 代表取締役 会長）
1945年岡山市生まれ。世界の一流品を扱う時計・宝石の専門店を岡山県内に11店舗展開する㈱トミヤコーポレーションの代表取締役会長。岡山商工会議所副会頭のほか様々な地域経済団体でも役職に就き、長年に渡って岡山のまちづくりに尽力し、地域を担う若手の育成や教育にも携わっている。商人の精神「三方よし（売り手・買い手・世間）」に（地球・未来）を加えた「五方よし」の精神で地域の未来を見据える。

○LALIQUE by TOMIYA
クリスタルガラスの最高級メゾン「LALIQUE（ラリック）」の正規販売店。一面総クリスタルの重厚感漂うエントランスを抜けると、まるで美術館のような空間が。装飾品、ジュエリー、アート、インテリア、ワイン、フレグランスなど6カテゴリすべてを扱うショップとなっている。
住所：岡山市北区表町2-2-52／Tel:086-237-1038／営業時間：11:00～19:30／定休日：火曜日