INTERVIEW
LOCAL PRIDE -NZ-藤田ニコル(モデル/タレント/声優/ブランドプロデューサー)
29 April 2019
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モデルデビューから早10年。大人の女性として新たな階段を上りはじめた彼女の心を支え続ける“故郷”とは。

生まれた町のことは、ほとんど覚えてない。《旅人》だった母と、ポーランドとロシアのミックスだった父親の間にニュージーランドで生まれたが、3歳のとき両親が別れて帰国。そのまま埼玉県内で十余年を過ごした藤田ニコルさんにとって、故郷といえば荒川の流れるあの小さな町だけだ。

中学時代の土下座体験

父親不在の暮らしは決して裕福ではなかったが、不運だの不幸だのと思ったことはない。母子関係は極めて良好だったし、友達もそれなりにいた。もちろん胸の内には思春期ならではの悩みや葛藤もあったが、今となってはそれも雑誌や番組で披露できる貴重なネタ箱のひとつだ。「実は私、中学生の頃やんちゃな人たちと付き合ってて、あることで先輩を怒らせちゃったんです。公園に呼び出されて何を言われるかと思ったら、『土下座しろ』って。すごくないですか? 今だったら強気で言い返したかもしれないけど、その時はビビっちゃって。しちゃいました、土下座(笑)。だからね、私強いんです。テレビに出るようになって、あることないこと言われて叩かれても腐らずやってこられたのは、多分この体験があったからじゃないかな。だって土下座ですよ? それに比べたら炎上なんて何でもないよな、って思いません?(笑)」。 雑誌にテレビにCMにと、今や見ない日はないほどの活躍ぶりを見せる彼女にとって、その強さは最大の武器だ。時に驚くほどあけすけで、歯に衣着せぬ物言いをする「気の強さ」ではない。人に何を言われても、決して揺るぐことのない強い意思こそ、21歳にして10年の芸歴を築き多くのファンを獲得してきた彼女の、何よりのセールスポイントだ。 昨年末、それを象徴する出来事があった。ある番組の打ち合わせでカフェを訪れた彼女の元に、女性ファンが駆け寄り「ファンなんです。一緒に動画を撮らせてもらえませんか?」と声をかけた。彼女は丁寧に断ったが、「すぐ終わるから」「15秒だけ」「誰にも見せないから」と食い下がるファン。押し問答は数分に及んだが、彼女は決して折れなかった。「お金払ってまでイベントに来てくれる子たちがいるの。彼女たちを裏切るようなことは、命をかけてもできない。ごめんね」と、目の前のファンをハグし、できうる限りの感謝を示した。ネタばらしをすると、実はこれはある番組のドッキリ企画。この神対応によって肝心のイタズラは失敗に終わったが、代わりに彼女の高いプロ意識とファンへの思いの深さを世に知らしめることになった。

プロ意識の礎にあるファンへの想い

「だって今こうやってテレビに出させてもらえたり、自分の好きな服が作れたりするのも、全部ファンの子たちがいてくれるからじゃないですか。彼女たちがいなくなったら、私が今やってること全部、意味がなくなっちゃう」。 タレント業でなくても、きっとそれは同じだ。物を売るにしろ技術で勝負をするにしろ、その向こうには必ず顧客(ファン)がいて、求められなくなればどんな仕事も意味を失なってしまう。けれど、たとえそれを理解していたとしても、ファンに寄り添い続けるのは容易ではない。殊に芸能界のような、華やかな世界で生きていれば、なおさらだ。そう言うと、けれど彼女は即座に笑って否定した。「そんなこと全然ない。ファンと触れ合いたければイベントをすればいいし、今はSNSもあるじゃないですか。モデルとしての軸は大事にしたいけど、『見たい』『会いたい』って思ってくれる子がいてくれるなら、どんどんそういう場を作ればいいって思います」。

自分のルーツは母の生き様の中に

ファンが喜んでくれるから、知らない世界に飛び込んでみる。新しいことにもどんどん挑戦してみる。もちろん、そのすべてがうまくいくわけではないかもしれない。それでも前に進むことをやめないのは、《旅人》だった母の背中を見ているからだろうか。 2018年春。二十歳になって間もない彼女は、生まれ故郷・ニュージーランドを訪れた。暮らした記憶はなく、見るものすべてが新鮮だった。友達もいない、知り合いもいない。万が一トラブルに巻き込まれても、誰を頼ればいいのか分からない。その興奮と不安がないまぜになった感情は、かつてここで子どもを宿し、やがてシングルマザーになっても懸命に生き抜いてきた母の姿に重なった。「若い女性が海外でひとり、子どもを産んで育てるってすごいことじゃないですか。今みたいにSNSとかで簡単につながれる時代でもなかっただろうし。今の自分には、とてもできない。そう思ったらなんか、すごく親の偉大さを感じちゃって。いつか私もそんな強い女性になれるかな」。 故郷なんて、本当はどこだってかまわない。彼女にとっては、日本も埼玉もニュージーランドも、単なる地図上のポイントに過ぎない。けれど心の中にはいつだって、どんなきらびやかな都会より、どれほど壮大な自然より美しく偉大で心地よい《母》という名の故郷がある。

○ふじた・にこる
1998年2月20日、ニュージーランド生まれ。小学6年生の時「第13回ニコラモデルオーディション」でグランプリを獲得し、2009年10月号からニコモとして活動開始。清楚系モデルが多い中、カラコンや盛りメイクで独自のポジションを確立。その後『Popteen』を経て、2017年10月より現在まで『ViVi』の専属モデルを務める。また2017年にはオリジナルブランド『NiCORON』を立ち上げ、「ニコ中」と呼ばれる熱狂的ファンを中心に人気を集めている。

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