COLUMN
井上万都里の「道」_vol.20
07 April 2020
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葬祭業界と地域社会の活性化に邁進し、儀礼文化の形骸化に警鐘を鳴らす井上万都里が連載する対談企画。それぞれの道を強い意志で歩み続けるゲストの言葉から、あなたの人生を切り拓く明日のヒントが見える。

神社の成り立ちに密接に関係する鴻八幡宮の例大祭

井上)児島の町並みと瀬戸内海を一望できる、こちらの境内からの眺望は素晴らしいですね。鴻(こう)八幡宮は、永きに渡り、この地域における信仰の中心であり、住民の方々の心の拠り所として崇められてきた神社だとお聞きしています。まず貴社の由緒について教えていただけますか。

河本)鴻八幡宮は、琴浦地区の総氏神として、今から約1300年前の大宝元年に創建されたと伝えられています。御祭神は宇佐神宮より勧請した五柱の神をお祀りしており、厄除け、交通安全、近来は子授け・安産の守神としても信仰されています。

井上)こちらで行われる鴻八幡宮例大祭は、児島最大の秋祭りとして県下でも非常に有名ですよね。そのお祭りの名物として名高いのが「だんじり」。岡山三大だんじり祭りの一つに数えられるこの大祭についても、本日は詳しくお伺いしたいと思っております。こちらの神社は、鳥居から境内に至る参道が階段ではなく、斜面になっていますね。これだけの傾斜があるのに石段がないというのは、神社の作りとして非常に珍しいと思うのですが、これはだんじりを上げるためのものなのでしょうか。

河本)おっしゃる通り、だんじりが境内へ入れるよう、このような参道の形になっています。例大祭は、毎年10月の第2日曜日とその前日に行われる当神社最大の行事であり、神社の形や運営に影響するほど、当神社にとって非常に重要な意義を持つものです。文献が残っていないため詳しいことは分かりませんが、だんじりが登場したのは江戸時代後期と言われています。当初、だんじりは神輿の御神幸にお供をしていましたが、各町内が持つようになり台数が増えたことによって、神輿と別順路で巡行するようになりました。現在は、氏子地区26の自治会も絡んでだんじり18台と千歳楽(せんざいらく)1台が出ています。祭り2日目は特に賑やかで、各町内から出発しただんじりが道々を進み、氏子や観衆の方々で埋まった参道を、一台また一台と登っていくのです。地区ごとに出るのでそれぞれに競争心も芽生え、皆、「わしのとこが一番じゃ!」という気合が漲って、かなり盛り上がりますよ。例大祭は、宗教や宗派、住民の世代や立場を越えて地域の方が一丸となるお祭りであり、当神社と地域を結びつけるとても大切なものでもあります。

神社の祭事によって醸成される地域コミュニティと文化

河本)また、このお祭りに欠かせないのが「祭りばやし」です。これは、だんじりが出ている際に演奏されるこの土地独自の「しゃぎり」というお囃子で、岡山県重要無形民俗文化財にも指定されています。その起源は江戸時代まで遡ると言われており、この地域の住民にとっては、篠笛と太鼓、鐘と鼓で奏でられるこの曲を聴くと、血が騒ぎ心が踊る、ある意味ソウル・ミュージックのような存在でもあると思います。しゃぎりは全7曲あり、だんじりの進行状態や場所に合わせて演奏されます。同じ曲でも、演奏内容は町内ごとに微妙に異なっており、もともとは各町内だけの秘曲だったそうです。今は公開されていますが、これまで長い年月にわたり守り伝えられてきたものなのです。メロディーとなる篠笛の演奏は大人が受け持ち、その他の楽器は子どもたちの役割となります。小学校が夏休みに入ると、各町内の集会所に集まり、その地区の大人が指導者となって子どもたちに教えます。お祭り本番前には稽古の成果を競う奉納会のような場もあるので、他所には負けない、大人も子どもも一緒になって頑張ろうという意識が強くありますね。

井上)お祭りのために、世代を越えて地域が一丸となって団結する、それこそが地域コミュニティを醸成する基礎だと、私は思います。河本さんがおっしゃるように、祭りの際には、神社や集会所に子どもから大人まで様々な年代、立場の方が集まり、準備や稽古を通して交流を深めます。人間関係の希薄化という言葉を、近年よく耳にしますが、全国的に見ても、こうした住民同士の関わりが少なくなっていることに起因しているのではないかと思います。例えば、都市部だとそれが特に顕著であると感じます。祭事はあるが、簡素化されカタチしか残っていないという状況。祭事そのものがイベント化、商業化され、本来の宗教的、伝統的意義が置き去りになってしまっている例も多く見られるのではないでしょうか。神社で行われる祭事の本来の意義は、神様にご奉仕し、五穀豊穣や地域住民の安寧と繁栄を祈ることです。それと同等に大きな意味をもつのが、地域の伝統や文化の継承ではないかと思うのです。そして、その継承の中で、人と人との繋がり、地域コミュニティが醸成されていくのだと思います。この地域には、それが根強く残っているのですね。

祭事の存続と地域の関わり

河本)私は当神社に奉職する以前、都市部にある神社にお勤めしていたのですが、お祭りの際、神輿の担ぎ手が足りないという問題がありました。地域外の参加者を募ったり、大学生にサークル活動として参加してもらったりと手段は講じていましたが、地域の住民だけで伝統的な祭りを維持するのは難しい状況でした。


井上)これは、過疎化が進む地域にもある状況で、神社界全体の問題とも言えると思います。最近ではSNSを通じて神輿の担ぎ手を募集する自治体も多いようです。そうした状況の中、こちらの盛り上がりはすごいですね。児島に住んでいる社員が弊社におりますが、お祭りのときは3日も休むんですよ(笑)。それだけお祭りの文化が浸透しており、住民にとっても人生の一部になっているということですね。

河本)こちらでは年々盛り上がっているようにさえ感じます。百年途絶えていた地区のだんじりが、有志の若者たちによって復活した例もあります。祭りの際に帰省する人も少なくありません。当神社で行われるお祭りが、地域の核になっていると言っても過言ではない。それこそが、神社の存在意義だと私は思います。

世代間交流が生み出すもの

井上)ご葬儀には地域性が顕れると私は常々感じているのですが、都市部に比べて田舎の方が、参列者が多いのです。これは、先ほどのお話にあった、地域コミュニティが築かれていることに起因していると思います。祭りなどの行事ごとの際、様々な年代の方が集まり交流を深める。故人のお身内以外の会葬者が多いのは、普段から交流があり、住民同士の繋がりが強いからだと思います。


河本)現代は、世代間の交流自体が激減していると思います。多くの地域で、子どもが親や先生以外の大人と接する機会が少なくなっています。こちらでは祭りの稽古の際、地域の大人たちと接し、「靴をきちんと並べなさい」とか稽古以外にも色々と教えてもらえる。世代間の交流を経験するかしないかは、その子の人格形成にも大きく関わってくると私は思っています。


井上)私も思い返すと、子どものころ地域の行事に行った際、そこでヤンチャをすると近所のおじさんに叱らたものです。そんな中で自然に礼儀作法を教えてもらったなと思いますね。また、最近痛ましい虐待のニュースなどがありますが、地域で集まる場があるということは、こういった事件の抑止にも繋がるのではないでしょうか。どこの家の子かみんなが分かっていて、顔も見えれば変化にも気付きやすいでしょう。もっと言えば、普段から気さくに接することで人の家の子どもだから関係ない、という個人主義ではなく、地域全体で子どもを育てていこうという土壌も育まれると思います。

今後の課題は時代に合わせ伝統を踏襲進化させていくこと

井上)貴社の今後の課題について教えてください。

河本)幸いにもこの地域には祭事が根付いており、大人から子どもへ伝承するというスタイルも受け継がれています。これは私が成したことではなく、受け継いだに過ぎません。ですので、これをどう継続していくかというのが私のこれからの課題だと思っています。祭りの運営には、だんじり協議会や氏子青年会といった神社に関連する組織の他に、地域の自治会や子ども会も大きく関わってきます。ですが最近は、子どもの数が減少していることに加え、子ども会に入らないという人も増えています。これは一つの懸念材料ではあるのですが、共働きの家庭が増え、なかなか地元の行事に参加できないという事情があるのも分かります。神社として新たな取組みや企画を展開するのも手段であると思いますが、時代に合わせ、社会情勢を鑑みて取捨選択することも必要。変えてはならないもの、変えても良いもの、変えるべきものの選別と判断が大切であり、地域の皆さんと時代の価値観を踏まえながら、折々で決断、実行していかねばと思っています。

井上)弊社は今年で創業から106年を迎えます。今改めて思うのは、永く続けていくには踏襲と進化のバランスこそが肝要だということ。本来は真逆にあるこの両輪をうまく回すことが、伝統や文化を次代に継承するために不可欠なのです。昔はよかった、という単純な懐古主義に止まらず、今の時代だからこそ変えないといけない部分もあるでしょう。そのときに、本来の意義を見失わないということが重要なのだと思います。伝統や文化という核になる柱があればこそ、「伝えていく」ことができる。根本がなくなってしまっては、継承していくことはできません。祭りというものを地域の一つのフレームとして、形状が変わることはあっても、軸となるものは守っていく。そのフレームの中でコミュニティが形成され、子どもは成長し、伝統も文化も継承されていくのだと思います。

河本)いまは個性が叫ばれる時代ですが、お祭りというのは個を無くしてみんなで一体となる時間を創り出すものでもあります。そうして地域の絆を強固にするための大きな舞台装置が祭りだと思うのです。祭りを通して家族や親戚、地域の人と密接に結びつくことによって、自分が一人で生きているわけではない、ということを実感できるものでもあります。それが、自他を大切にする精神にも繋がってくるのではないでしょうか。当神社はそういった人間形成における役割も担いながら、地域の中心で在り続けたいと思っています。

井上)私の「まつり」という名前には、字は違うのですが「祭り」という意味も込められているそうです。井上万都里という人間として、また儀礼文化企業の一員として、文化の継承と発展に貢献していきたいと改めて思いました。ありがとうございました。

○河本 昌樹/鴻八幡宮 禰宜
7年間兵庫県西宮神社に奉職した後、平成19年より鴻八幡宮に奉職、禰宜として現在に至る。岡山県神道青年協議会会長に就任中は、西日本豪雨災害に罹災した住宅および神社の復旧支援活動を展開。

○井上 万都里/株式会社いのうえ 専務取締役
儀礼文化研究所の創設など文化伝承にも貢献する葬儀社、株式会社いのうえ専務取締役。オカヤマアワード副会長、葬儀社による全国大会ネクストワールド・サミットの実行副委員長も務める。

○鴻八幡宮
創建は約1300年前とされており、旧社格は県社。御祭神は宇佐神宮より勧請した五柱の神である。古来より今の倉敷市児島上の町、下の町、田の口、唐琴の総氏神として、住民の心の拠り所として崇められ、厄除け、交通安全の神、近来は子授け・安産の守神として広く崇敬されている。
住所:岡山県倉敷市児島下の町7-14-1
電話: 086-472-3125

○株式会社いのうえ
大正2年に井上葬具店から始まった株式会社いのうえは2013年に創業100年を迎えた。都市化を見据えた新たな葬儀スタイルの提案など伝統と革新を見極めながら成長する全国屈指の葬儀社。

倉敷市二日市511-1 Tel.086-429-1000
http://inoue-gr.jp/

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