INTERVIEW
MY OWN WAY ANNA ISHII(歌手・ソングライター)
14 April 2020
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レーベルに属さず、ただその歌声を武器に、徐々に注目を集めているシンガーがいる。 配信アルバムのリリース、インスタグラムやYoutubeでみせる圧倒的な歌唱力。 時にはロサンゼルスのオープンマイクで歌声を披露することもある。 英語と日本語を織り交ぜた透明感のあるハスキーヴォイスが魅力の ANNA ISHIIのルーツにふれてみた。

ガラパゴスを避け世界基準の歌い手になる。

岡山で生まれ幼少期を広島で過ごし、高校時代は岡山で暮らした。その後、単身渡米。現在はアメリカロサンゼルスに拠点を移し、シンガーソングライターとして活動。ANNA ISHIIの人生は、一つ所に収まらない。 小4の時、アクターズスクール広島(TSSプロダクション)の公開オーディションで準グランプリを獲得し、その後東京の大手事務所に属しながら、広島を拠点としてライブを中心に活動。「オーディションを受けたのも《オーディション場所が近かったから》。好きではあったけどそれだけで、歌に憧れていたわけでも、有名になりたかったわけでもなかったんです」。音楽好きの父親の影響で多くの楽曲にふれる機会はあったが、せいぜい自宅や車で出掛ける時に鼻歌を歌う程度。楽器を演奏したり歌の教室に行ったりなど積極的に身につけようとしていたわけではなかった。
 高校で岡山に転居してからも、広島での音楽活動を続けていた。当時広島東洋カープ在籍の前田健太投手の登場曲を提供したことで話題となり、活動の幅も広がった。転機のひとつになったのは、14歳の時。「アメリカンゴットタレント」というアメリカのテレビで、同級生であるビアンカライアンというアーティストが歌っている動画をYouTubeで目にして、「趣味ではなく、こんな風になりたい!歌手になりたい!」と思うように。次第に海外で映画や音楽の仕事に携わりたいと考えるようになっていった。「事務所のマネージャーにそのことを話すと《日本で仕事があるからね》といい顔をされませんでした。『自分のやりたいことがどうしてできないんだろう? こんなことじゃ音楽をやってる意味なんかない』って気づいてしまったんです」。


 まもなく事務所を退社し、観光ビザで5週間LAへ。「何も考えず『とりあえず行ってみよう!』って感じ(笑)」。大好きな西海岸の音楽に触れられるチャンスでもあった。わずかな滞在時間であったが、彼女の中で明らかな確信が生まれる。「ここで暮らしたい!」。 日本でシンガーが活動するならまず事務所やレーベルに所属し、マネージメントをしてもらいながらオーディションを受けてチャンスを探るのが一般的だ。しかしアメリカではマネジメントは自分でできるし、さらにシンガーのオーディションはないと言う。「女優やダンサーのオーディションはあるけど、シンガーのオーディションは目にしたことがないですね」。
 しばらくの間は音楽の《仕事》はなかった。だが、飲食店などにあるオープンマイクで即興で歌い、それをSNSで配信するとPV数はぐんぐん伸び、LAだけでなく逆輸入的に日本でも存在感が囁かれるようになっていった。「もしかしたら、日本で『聴いて聴いて!』って言うよりもLAで歌ったほうが手っ取り早かったのかも(笑)」。 「アメリカ人は、有名無名は関係なく自分が『イイ』と思ったものにはエモーショナルに反応し、スタンディングオベーションなどで自分の感情をありのままに表現してくれるんです。それが自分のモチベーションにもつながるし、実力を『試されている』感じもある。それがすごく心地いいんです」。日本でしがらみに阻まれた経験から、やりたいことを実現させるには海外の方が向いていると考えている。「『売れることに価値がある』という日本の考え方はどうしてもあると思う。私は『それは本質ではない』と思ってるけど、売れることでやりたいこと、できることの幅が広がるなら手段としては理想形なのかもしれない、と最近思うようになってきました」。 《逆輸入》。彼女は《歌》だけを武器にして、LAから発信した価値を日本で受け入れられることに成功した。「地元から多くのオファーをいただいて、日本で活動できることは本当にありがたいと思っています」。本音を言えば、とまどいもあった。誰にでもわかりやすい価値は持っていなかったからだ。「LAでも日本でも、誰かが見てくれて何かを感じてもらえるなら、それを喜ぼう! という考えになりました」。彼女のエネルギーは《誰かの感動》が原動力になっている。

 彼女にとって、地元《岡山》とはどういう存在なのだろうか。「リラックスできて、自分をリセットできる場所」。長くシンガーとして過ごした広島は彼女にとっては《戦場》だったと言う。「広島は人も街も大好きだけど、外に出たら必ず誰かが私を知っている。岡山にはその窮屈さがなくて、『帰ってきた』って安心感があるんです」。今でも彼女が《帰る場所》は岡山だ。2018年に本格始動し、現在シーズンインに向けて準備が進んでいるBリーグ・チーム「トライフープ岡山」への楽曲提供も話題で、今後は岡山での活躍も期待されている。
 父親が倉敷市出身。現在はアウトレットパークに姿を変えている「倉敷チボリ公園」も祖母と一緒によく訪れた場所だ。それにしても彼女はあちこちを転々としているイメージが拭えない。日本にいた頃は岡山〜広島〜東京、海外でLA、次はラスベガスへの移住を考えているという。「ベガスは意外かもしれませんが、家賃がLAより格段に安いんです(笑)。私が転居を続けるのは、いろんな人と会ってみたいから。例えば、留学しても環境の変化を恐れて、居心地のいい日本人留学生とばかり一緒にいたら、英語も話せないままでいることになるかもしれないでしょう?」。
 今後は、アメリカを拠点としながら日本でも活動を続ける予定だ。「《日本のシンガーとして》海外で活動していきたいと思っています。LAだけというわけではなく、《日本のシンガー》でもありたい」。彼女が語気を強めるのは、アメリカ人による日本シンガーのイメージが「スキヤキソング」でストップしているからだ。HIKARU UTADAですら、日本贔屓のアメリカ人にしか通用しない。「日本人シンガーとしてはすごく悔しいです」。 「私がもう一つ上のステップに行くには、プロデューサーなどとの《出会い》が必要になってくると思っています」。彼女がリスペクトするマライア・キャリーやホイットニー・ヒューストンの楽曲はいつまでも色褪せない名曲だ。「言葉がわからなくても涙が出たり、心が震える。音楽は世界を超えると実感できる、そんな瞬間に出会いたい」。現在は自分で作詞作曲しているが、インスタグラムでは英語曲を日本語でカヴァーする試みも話題だ。「日本語で歌うか、英語で歌うか? も今後の課題なんです。日本の文化も伝えていきたいから」。 そして、日本の若者たちが自分のやりたいことを見つけたら、まず飛び込んでみてほしい、と話す。「写真でも歌でも、自分と何らかの形で関わってくれた人が、『海外に行ってみたい』と思ってくれたら嬉しい!」。彼女の今後から目が離せない。

○ANNA ISHII/歌手・ソングライター
1994年岡山生まれ。岡山と広島で育つ。15歳で音楽活動を開始し、2010年に「広島県特別ええじゃんレディ」に就任。元広島東洋カープの前田健太投手(現MLB・ロサンゼルス・ドジャース)が楽曲を登場曲に使用した。2016年4月「Live My Life」を全世界111カ国にて配信リリース。2016年9月よりアメリカ ロサンゼルスへ単身渡米。2018年7月、自身初の英語で作詞作曲を手掛けた「Get Away」をリリース。配信後、日本だけでなくロサンゼルスの若者たちから支持を集め、音楽関係者からも国内外問わず注目されているシンガーである。

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