個性は狙って作るものではなく、欲望の先に生まれるもの。
おっとりして見えて、実は活発な行動派。トレンドには敏感だが、芯が強く堅実さも備えている――とは、とある県民性分析サイトが描く奈良の典型的な女性像。70万人ほどもいる奈良女性の人格をひとまとめにするなどあまりに軽薄とは承知しつつも、まさにそのまま具現化したような彼女のキャラクターを見ると、言い得て妙と感心もする。「仕事で初対面の人に会うと判を押したように『話しやすいね』とか『そのまんまなんだね』って言われるんですけど、言われてみれば確かに奈良の人たちってみんなすごく自然体で、私の周りにも近づきにくい感じの人ってほとんどいない。自分では奈良っぽいとこなんかなんもないって思ってたけど、そう考えると、やっぱり生まれ育った環境の影響ってそれなりに受けてるもんなんかな」。
前髪を切り過ぎて目覚めた個性
とはいえ、やはり三戸なつめは三戸なつめ。たまたま奈良に生まれ育ったが、きっと日本、いや世界のどこに生まれていても、この個性が押し隠されることはなかっただろう。ふと思い立って自らハサミをとり、前髪をザクザク切り落としたのは中1のとき。初めは失敗したかと思って落ち込んだが、鏡を見るとその振り切った感じが意外としっくりきて気持ちよかった。学生のころ、彼氏の勧めで眉高まで伸ばしてみたこともあるにはあった。メジャーデビューして、《商品》としての自分の見せ方を試行錯誤するなかで、清楚なワンレングスセミロングに挑戦したこともある。それでも最後に落ち着くのは、いつもやっぱり切りすぎバングス。黒髪でも、金髪や赤髪のときも、切りすぎバングス。モデルであっても女優であっても、作家やデザイナーとして裏方に立つときも、自分で選んだ自分をまっしぐらに突き進む。それが揺るぎない彼女のスタンスだ。「年齢や立場を気にして、やりたいことをやれん人って結構多いと思うけど、人は他人のことなんてそんな見てない。それならむしろ、人の視線を集めるくらいのことをして、自分らしくキラキラしとる方が絶対にいい。『こう見られたい』とキャラを狙って作るんじゃなくて、自分が思う自分らしさを貫く。徹底的に自由人である方が、なんだかんだ言って結局うまくいくような気がするんです」。
自由人であっても迷うことはある
そんなポジティブシンキングも、彼女の持ち味のひとつ。ただ、だからといってプレッシャーを感じないわけではない。雑誌の撮影は読者モデル時代からのキャリアをいかしてなんなくこなすが、歌手を目指して歌を学んできたわけではないし、女優として定型の道を歩んできたわけでもない。服飾専門学校で学んだとはいえ、ブランドコンセプトの枠組みの中で自分の感性を突き詰めデザインに落とし込むのは容易ではないし、番組出演時のトークに至っては常に四苦八苦の連続だ。「やらせてもらえるならやらなきゃ損」と、何事にも物怖じせず挑戦する前のめりの姿勢のその裏には、プレッシャーを乗り越えて結果を出すためのエネルギーの消耗も相応にある。不安や迷いに押しつぶされそうになったとき、心が自然と向かうのは、やっぱり故郷・奈良の風景の中だ。「日本の歴史文化に触れたいなら京都に行けばいいし、娯楽やグルメを楽しみたいなら大阪に行けばいい。奈良もそれなりに歴史深い場所ではあるけど、よその人たちからしたらわざわざ電車を乗り継いで行くほどでもない場所なんやろなって思います。でもその分、大阪や京都にはない落ち着きがあって、なんかすごいほっとするんです。あまりにも忙しくて頭の中がパンク寸前!みたいなときに、地元に帰ってシカせんべいやったり、昔っからあるかき氷屋さんでかき氷食べたりしてると、パンパンに張りつめてた気持ちがなんでかすっと楽になる。住んでたころは正直特別な思い入れはなかったけど、今はここが地元でほんまよかったなー、ってすごい思いますね」。 なかでもお気に入りは、古き良き日本風情の町並みが残る旧市街地・ならまちの『カナカナ』と『蕎麦 玄』。 「『カナカナ』は和惣菜のごはんやスウィーツが食べられるいわゆる古民家カフェなんですけど、私が目がけて行くのは店の一角で販売してる雑貨。バッグとかアクセとか生活雑貨的なものまでいろいろあって、特に動物モチーフの小物はどれもめっちゃ可愛い。ほんの少しですけど洋服も扱ってるので、デザインの参考にすることもあります。『蕎麦 玄』は地元でもすごい人気なので、予約しないと入れません。それだけにやっぱりめっちゃ美味しくて雰囲気も最高なので、お正月に帰省したら必ず家族で食べに行きます」。
バングス《封印》の先に
上京して今年で丸5年。芸能界でひとつの節目を迎えたところだが、そこは「出会ったチャンスに全力投球」の彼女。「次はああしよう、こうしようと」などと自分の未来を束縛するような不毛なプランを練ることはない。ただそれでもひとつだけ、自分に課していることがあるという。それは 「タレントとしてであれクリエーターとしてであれ、そのステージに立つと決めたからには、ちゃんと伝えられる表現者であること」。 今年1月公開の映画『パディントン2』では、第1弾に引き続き日本語吹き替えに挑戦。続く19年春の『賭ケグルイ』では、キュートな風貌と冷酷さを併せ持つ黄泉月るな役を演じる。切りすぎバングスが封印されるスクリーンの上で、彼女の個性はどう輝くのか。その答えを、ぜひ劇場で見届けたい。
○三戸なつめ
歌手デビュー曲「前髪切りすぎた」でも歌う、極端に短いぱっつん前髪がトレードマーク。専門学校時代に青文字系ファッション誌『ガールズスタイル』のスナップ隊に声をかけられたのがきっかけでモデルデビューし、印象的なビジュアルもさることながら、何事にも物怖じせずどんな世界にも思い切りよく飛び込んでしまう性格の持ち主。人気は瞬く間に広がって、今や歌手、女優、声優にアパレルブランド『イーハイフンワールドギャラリー』の新レーベル『マニア』のアパレルデザイナーとしても活躍の舞台を広げ続けている。