COLUMN
田中知之(FPM)SOUND CONCIERGE_vol.02
11 January 2019
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第二曲「BGMの価値と選曲家の矜持」

今回のお店は、店名もなく、住所も非公開の中目黒駅近くにある日本酒バー。ひと筋の月明かりを模した照明が射す幽々たる空間は、唎酒師が週替わりで厳選したフレッシュな日本酒を研ぎ澄ました五感で味わうため。酒のあても山葵と塩のみという潔さ。食中酒ではなく日本酒そのものを愉しむことを教えてくれる名店だ。一流の料理人が美食家を交えた夜会を催すなど、まさに知る人ぞ知る場所。友人でもあるオーナーから以前BGMの相談も受けていた田中氏が久しぶりの来店。「これだけはっきりとしたコンセプトが集約された場所だと、どんな音楽も白々しく聴こえてしまう。極論になってしまうけれど〝無音〟が究極のBGMになるのではないか、そんなことまで考えさせられたお店です。それらを踏まえて選曲させてもらうのはChassolの〝Birds, Pt. I〟という楽曲。鳥の鳴き声も音階と捉えてピアノでユニゾンしてメロディを奏でる言わば現代音楽。静岡県で開催された“LEXUS LS“INSTINCT”by DINING OUT”にDJとして出演した際に、富士山を眼前に望むロケーションの中でかけたこともあります。富士山の時にも素敵にマッチしましたが、視界にあるものが限られたこの店では更にイマジネーティブに響く、そんな一曲だと思います。」今夏ニューヨーク・タイムズで坂本龍一氏がお気に入りのレストランのBGMに不満を抱いて自らBGMの選定を申し出たというニュースが掲載され、日本でも話題になりました。改めて店舗音楽の大切さに気付いた人も多いと思うのですが。「空間作りに音楽が不可欠なのは言うまでもありません。どんなに素晴らしい店で美味しい料理を出しても、音楽がすべてを台無しにするケースも散見されます。飲食店であれば、実は音楽も料理と空間と並列で捉える必要があると思います。しかし、これまで私自身も選曲家として仕事をしてきた自負はありますが、どうしてもプロ以外に委ねられてしまいがちだという現実があります。飲食店であれば音楽に詳しいスタッフがプレイリストをつくることもできるし、ファッションショーであればデザイナーが曲を選んでそれが奏功する場合もあるでしょう。〝選曲〟という行為そのものは誰でもできるからこそ、そこに価値を見出してもらうことが難しい上にクリエイティブだと認められにくい。しかし、同じように誰でもできるコーディネートという行為にはスタイリストという認められたプロフェッショナルが存在します。OTORAKUという店舗BGM専用アプリにプレイリストを提供する仕事もしていますが、今回のように実際に店舗を訪れた上で現場の空気を肌で感じて選曲をさせてもらえるなら、私たちにしかできない化学反応をそこに起こせるかもしれない。以前、資生堂の新店舗で流すBGMをオリジナルで作ったこともありますが、CM音楽や映画の楽曲制作をプロに委ねるように、オリジナル楽曲を作るまでは至らなくとも、プロの選曲家に依頼する価値は十分にある。私自身も機会があれば積極的にアプローチしていきたいと思っています。」ちなみに、大ヒットシリーズ〝Sound Concierge〟はBGMとしてもたくさんの方に支持されましたが、現在制作中のアルバムはどんな内容なのでしょうか。「FPMは〝都会で生活する人のサウンドトラック〟というコンセプトを掲げてスタートしました。そこからさらにもう一歩、聴く人の日常が非日常になるような音楽をつくりたいというモチベーションでアルバムを制作しています。ダンスミュージックから離れ、ポップスとは無縁だけれど現代音楽に飛躍もしない。ただ、ラウンジと定義すると少し安っぽく聴こえてしまうかもしれません。ジャンルの呼び方は定まっていませんが新たな領域を提示すべくレコーディングに臨んでいます。現在のレコーディングは、デジタルによって便利になったとはいえ、アナログのヴィンテージ機材を積極的に使ったり、暖かく心地良い音をつくるために手間と時間とコストをかけて取り組んでいます。日本酒の酒造りもそういったところがあるのではないでしょうか。この松本酒造の守破離も、「守」と「破」を内包しつつ、そのどちらでもない新境地「離」への道のりを歩んでいる。このバーも松本酒造も、本質的でありながら新しい日本酒の愉しみ方を提案してくれています。私もただの選曲家ではなく、そうしたサウンドコンシェルジュ(音の案内人)でありたいと思っています。」

田中知之(FPM)/DJ,プロデューサー

‘97年『The Fantastic PlasticMachine』でデビュー以降、8枚のオリジナルアルバムをリリース。リミキサーとしても、FATBOY SLIM、RIP SLYME、布袋寅泰、くるり、UNICORN、サカナクション、Howie Bなど100曲以上の作品を手掛ける。『オースティン・パワーズ:デラックス』や『SEX AND THE CITY』への楽曲提供の他、村上隆がルイ・ヴィトンの為に手掛けた短編アニメーションの楽曲制作や、世界三大広告賞でそれぞれグランプリを受賞したユニクロのウェブコンテンツ『UNIQLOCK』の楽曲制作を担当するなど、活躍の場は多岐に渡る。DJとしては、日本国内はすでに全都道府県を制覇、海外でも約60都市でのプレイ実績を誇り、近年でも出演イベント数は年間100本を軽く超える。国内の有名フェスは元より、米国のコーチェラ・フェスティバルやイギリスのレディング・フェスティバルなど海外の有名フェスへの出演経験も多数。ジャンルという固定概念に縛られる事の無い豊富な音楽知識に裏打ちされたプレイスタイルは、国内外のハイブランドのパーティーDJとしても絶大な信頼を得ている。http://www.fpmnet.com
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