石川康晴の哲学塾 Vol.25
×綾部祐二(よしもとクリエイティブエージェンシー)

綾部祐二は自分の人生の監督であり、何より「観客」である

お笑い芸人としての成功をきっかけに俳優業や司会業などマルチな才能を発揮自分に需要があればなんだってやる、ただし、重要なのは自分が見たい自分であるかどうか茨城の椅子工場から芸能界を駆け上がり、綾部祐二は次にアメリカで自分の理想を追い求める。

石川)ピースの綾部さんといえば、毎日テレビで見ない日はないというほどのご活躍ぶりです。そんな中、昨年秋に突然、日本での芸能活動を休止してアメリカに行くという発表をされたことで世間の話題をさらいました。その記者発表の何ヶ月か前に綾部さんから渡米の話を伺った時は、私もかなりの衝撃を覚えました。ここまで自分のキャリアやステータスを確立されているにも関わらず、なぜいま渡米するのかと。日本に戻ってきたとき、築いてきたポジションが保障されるわけでもない厳しい芸能界にいながら、大変なリスクを背負って海を越えた挑戦を決めるというのは、なかなか出来ることではない、凄いことだと思います。

綾部)僕からすると、そうした皆さんの反応がとても意外でした。「今の地位を捨てて」みたいなことをいろんな方から言われましたが、自分自身あまりピンとこなくて。もちろん、今の自分の芸能界でのポジションだったり、仕事を絶えず頂けることはすごくありがたいことです。でも、本当に自覚がなかっただけに、回りの人の反応からある程度は成功できたのかなと実感したという感じ。だから、現状をどうこうということに関しては、ほとんど悩まなかったです。もちろん、英語どうしよう、という向こうに渡ってからの不安はありますけど、自分がこれまで築き上げたものに対する執着みたいな考えはなかったですね。

石川)綾部さんご自身が海外旅行先で外国人の路上パフォーマーに混ざって観客を湧かせている映像を見せてもらったことがありましたよね。言葉の壁があるにも関わらず、それをものともせずに、観客を魅了されていました。芸人として培われてきた綾部さんの底力を感じるとともに、かのチャップリンのようなエンターテイメントを提供できる人なのかもしれないな、と思ったのを覚えています。執着が無いというのは、海外でもなんとかなるという自信の表れのようにも感じますね。いつ頃からNY行きを考えていたんですか?

綾部)NYを初めて訪れたのは、2015年の正月。そのきっかけとなったのが、知り合いの経営者の方との会話でした。ビジネスをバリバリやられていて、僕がとても尊敬している方なんですが、その方から「君は絶対にNYに行った方がいい。」と言われたんです。「私は、NYをある種のリトマス紙のように捉えている。NYは世界で1番パワーとスピードがある街。人それぞれ個差はあるにしても、訪れる人間がトップギアに入っていなければ、この街からは弾かれてしまう。だから、自分は年に1回必ず訪れ、NYの街の空気を心地よく感じられたなら、今年もまた頑張れるな、という自信の裏付けにしている。あなたも、その空気を肌で感じた方がいい。」と教えてくれたんです。もともと映画のスタンドバイミーが大好きで、思春期の頃にはすでにアメリカへの憧れもありました。そこで、自分が実際行ってみて初めて、その経営者の方が言っていた意味が分かったんです。アメリカってすごい!って。2016年の正月に再び訪れ、その時はNYだけでなく、ラスベガスやロスも巡りました。そうして日本に戻ったときには「何でもいいからあの国で1度勝負したい」という気持ちが固まっていましたね。

石川)綾部さんがすごいのは、現時点で英語ができなくても、行くと決められるところだと思います。できない理由を探していない。普通なら「お金がない、英語ができない、ツテもない」とできない理由を探して、自分を納得させ、挑戦しないまま夢や憧れを終わらせていく。そんな人がほとんどだと思うんですが、綾部さんは理想を現実にするための行動をいつも起こしている。良い意味で楽観的、かつ挑戦的な思考が備わっているのでしょうね。僕自身、アパレルの世界でずっとやってきて、今でこそ海外で事業展開をする規模に成長しましたが、始まりは四坪のセレクトショップからでした。五年後に東京進出を表明したときは、友人からも社員からも「無理だ、無謀だ」と非難され、その結果、当時の社員十三人の内の十人が退職するという事態に陥りました。かなり堪えましたが、この出来事をきっかけにそれまでの自分の考え方を180度変えて、高級セレクトショップか ら値ごろ感あるSPAへの路線転換 を図りました。この時生まれたのが、 東京進出の足がかりとなり、今でも 我が社の旗艦ブランドとして 人気を集めているe a r t h music&ecologyです。 2010年、CMに宮﨑あおいさんを 起用したときも、アパレル同業者から は反対の声しかありませんでした。「莫 大な広告費が企業規模に見合わない、 アパレルでテレビCMをやると必ず失 敗する」など。何をするにしても、 できない理由や根拠を探すのは簡単 ですし、新たな挑戦をしなければ 傷を負うこともないのかもしれませ ん。ですが、私は当社を1千億円 企業にする、と言い続け、そうなると 信じて挑戦し続けた。「どうせできな いだろう」ではなく、目標を達成し たイメージを頭に描いて、そこへ果敢 に飛び込んでいく精神力を特に若者に は持って欲しいと思っています。

綾部)できない理由を探す人って、自分のことが好きじゃないのかな、と思います。僕は、ただただ自分が好きで、誰よりも綾部祐二のファンなんですよ(笑)。NYで語学の勉強をしながらオシャレなカフェで働いたり、五番街でショッピングしたり、そんな生活をNYで送っている自分を見てみたい。自分自身の人生というライフストーリーに対して、「監督・脚本・主演」という役割があったとしたら、僕は「観客」でもあるし、それが一番の楽しみ。ナルシストだなと言われることがありますが、客観的に自分のことが見えている僕の場合は当てはまらないと思っています。もともと誰のためでもない、自分のためにこの決断をしただけなので、ハリウッドスターになれようとなれまいと、自分が満足できればそれでいいんです。芸人なので、それをネタにいじられたり笑われたりもしますが、すごくありがたいこと。自分はやっていて気持ちが良いし、人から見れば可笑しいなんて、本当に一石二鳥だと思いますね。

石川)芸人というのは綾部さんにとってまさに天職のように感じますね。そもそも芸人を志した理由は?綾部)ダウンタウンさんの存在です。小学生の時から大好きで、出演する番組もほぼ見ていました。工場で働いていた二十歳の頃、東京に買い物に行ったときに偶然ダウンタウンのロケ現場に遭遇したんです。千人ぐらい見物人がいる中、お二人が出てきた瞬間、ものすごい歓声が沸き起こって。「世の中にはこんなに歓声を浴びる人が本当にいるんだ」って衝撃を受けました。その後、居酒屋で話したんです。「30歳になっても同じような生活して、『あの時芸人になってたら今頃売れてたかもな』って酒飲みながら終わるんだろうか。それはサムいね。やってダメなら仕方ないけど、このままじゃダメだろ」って決意して、東京に出た。それから20年近く経ちますけど、ふと五十歳になったときどうなんだろうと思って。後輩に「あの時ハリウッド行ってたら、映画スターになってたかもな」って言ってるんだろうか。それはサムい。じゃあ、あの時と同じように、今度はアメリカに行こう!と思ったんです。

石川) 相方の又吉さんが芥川賞を受賞されたことも影響がありましたか?

綾部)渡米を決めるきっかけとしては大きかったですね。ただ、もともとピンでの活動が多い方ではあったので、今回の受賞に関係なく自分がいなくなっても大丈夫、という考えは以前からありました。「ハリウッドで成功する人なんて、全体の1%もいないだろう。でも綾部は80%信じてる、それがすごい。」と相方もアメリカ行きを賛成してくれています。もちろん、そんな甘いもんじゃないってことぐらい分かっています。でも、「できる!」と思うもう一人の自分がいる。その二人の自分がいないと、バランスを保てなくなるかな。無理だと思ったら撤退するのもセンスだと思います。無駄な時間は過ごしたくないですしね。

石川)なりたい自分とそれを客観的に観る冷静な自分がいる。この秀でたバランス感覚がこれまでの綾部さんの成功にも大きく関わっているように感じます。ただ、何より驚くのは、絶えず理想の自分像を描いて、「こうなるんだ!」という強い想いを持ち続けていること。今の若者の中には、夢を持っていても、なかなか一歩が踏み出せない人や、そもそも自分が何がしたいのか分からない、という人もいると思います。ただ、何をするにしてもできない言い訳を探すのではなく、とにかく本気でやる。これが大切だと思います。綾部)工場で働いていた時、会社の人に「芸人を目指すので辞めます」と言ったら、「いいな、やりたいことが見つかって。」「俺も、ここで働きたいわけじゃない。でも、ここを辞めてまで飛び出していく何かも見つからない。」そんなふうに言ってくる人がたくさんいました。この時から僕は、やりたいことが見つかった人間は、それをやる義務があると思っています。夢があってもいろんな事情があって挑戦できない人や、いつまでも夢が見つからない人、どちらも辛いと思うから。やりたいことがあって、できる環境があるのに行動に移さない人、それは怠慢だと思うんです。今回のアメリカ行きについて、僕がすごく大それたことをしているみたいに言われていますが、言ってみれば宝くじを買っている人と変わらない。当たるわけない、ってぐらい確立は低いけど、買わなきゃ当たらない。じゃあ、買っておこう。それと一緒ですよ(笑)。

綾部 祐二 / YUJI AYABE

1977年生まれ、茨城県出身。よしもとクリエイティブエージェンシー所属のお笑い芸人。俳優、CMモデルなどマルチタレントとして幅広い分野で活躍中。高校卒業後、地元の椅子工場で働いていたがダウンタウンに憧れて芸人を目指し上京。1999年にNSC東京校5期生として養成所生活を始める。2003年相方である又吉直樹とお笑いコンビ「ピース」を結成。キングオブコント2010準優勝、同年のM-1グランプリで4位など賞・レースでも実力を発揮。吉本男前ランキングでは2012年から2014年まで3年連続で1位となり殿堂入りを果たす。2016年秋に会見を開き、2017年4月からアメリカ・ニューヨークを拠点に活動すると発表した。
石川 康晴 / YASUHARU ISHIKAWA

(株)ストライプインターナショナル 代表取締役社長。1970年岡山市生まれ。国 立岡山大学経済学部卒。京都大学大学院在学中。1995年(株)クロスカンパ ニー設立。1999年に主力ブランド「earth music&ecology」を立ち上げ、現在、 グループ売上高約1,200億円、従業員約4,400名、約1,400店舗まで拡大。 2016年、社名を(株)ストライプインターナショナルと改名し、ファッションという領 域を超えライフスタイルをトータルに提案する企業を目指すなど更なる進化を続け ている。一方で、石川文化振興財団理事長、内閣府男女共同参画推進連携会 議議員を務め、地域貢献活動へも積極的に取り組んでいる。

addclass

シェアする