石川康晴の哲学塾 Vol.9
×中村貞裕(株式会社トランジットジェネラルオフィス)

ファッショナブルな感性とユニークな発想で続々と人気スポットを手がけ、世界からも注目を集める中村貞裕氏。昔から流行ものに手をつけてはすぐやめてしまい、結局何も続かない「自称ミーハー男」。彼のスーパーポジティブな仕事哲学を石川が訊いた。

石川)中村さんの経営するトランジットっていう会社はいろんな事業をされてますよね。リノベーションやパーティー、カフェの運営まで事業領域がかなり広く、ファッショナブルでいてユニークな発想と展開は世界からもいまだ注目され続けています。でも、正直に言うと中村さんを人に紹介する時に何屋さんなのかって説明しづらいんですよね(笑)。読者の方にも分かりやすくトランジットとは何を提供する会社なのか教えて頂けますか。

中村)僕はトランジットジェネラルオフィスという会社の代表です。私たちの関わる事業を全て「トランジット」だと誤解されている方も多いのですが、例えば人材派遣業であれば「デパーチャー&パートナーズ」、広告代理店業であれば「ジェット・エージェンシー」といった具合にいまではその分野に特化したグループ子会社でそれぞれの事業を展開しています。では、トランジットジェネラルオフィスは何の会社かというと「空間」を創造する事に特化した会社であり、食・アート・ファッション・インテリア・音楽等をミックスしながら「遊び場」を作る会社です。例えば、コーヒーを飲む場所であればコーヒーを飲むという遊び場、ホテルは泊まれる遊び場、マンションは住む遊び場といった感じ。遊びっていうキーワードを否定的に捉えるんではなくてあくまで肯定する、ワクワクするような刺激となる場所を作りたいという思いがこの会社のスタートでした。岡山の読者の方にも分かりやすい仕事の事例でいえば、外苑前や代官山のカフェ「Sign」、目黒のホテル「CLASKA」、大阪の「堂島ホテル」、鎌倉の「bills」、青海の「the SOHO」などかもしれませんね。

石川)なるほど、だからある意味仕事を限定しないというか、見ていて楽しい雰囲気のする仕事には必ずと言っていいほど中村さんが関わっているわけですね。ところで、中村さんはこの会社を立ち上げられる前はどんなことをされていたんでしょうか。若い人の中には、いま自分が何をすればよいのか分からないと悩んでいる人も少なくないと思うんですが、その人たちの参考になればと。

中村)ここでちょっと宣伝してもいいですか(笑)。もうすぐ「中村貞裕式ミーハー仕事術」っていう本を出すんです。この本は大きく三章で構成していて、第一章は、一般的に捉えられているネガティブなミーハーだった僕が超ポジティブなミーハーに変われた話。第二章は、そのミーハーをどう仕事に活かしたかっていう話。そして第三章では、それぞれに特化したプロフェッショナルミーハーになりましょうっていう内容の本です。ネガティブなミーハーってどういうことかというと、例えば僕みたいに何も続かない人。僕は高校でバスケ部に入ったんですが、入部から三ヶ月目で練習がきつくてすぐ辞めちゃったり。BOØWYやブルーハーツとかバンドが流行ればすぐギターを買って練習を始めるんですけど、有名な曲のサビのフレーズだけやたらうまくなったらすぐ辞めて(笑)。次にスチャダラパーが流行れば次はDJだなってことでターンテーブルかってレコード集めるんですけど、曲かけただけで満足しちゃってすぐ辞めて。サーフィンも始めたんですけど、ボディボードの方が楽かなってことでこれも辞めちゃって。好奇心旺盛だから流行っているものにはすぐ飛びつくんですけど、結局どれもこれも続かないんですよね。

石川)でも、全部その時々のトレンドに乗ってますよね。僕は中村さん程たくさんのことをかじってはいないですけど、お話を聞いていて少し似たような経験を思い出しました。ブルーハーツが流行っときにベースを始めたんですけど、練習してたら指が痛くなってすぐ辞めちゃったなんてことがありましたね(笑)。以外とそういう人多いんじゃないかな。じゃあ、中村さんはそのネガティブなミーハーからどうやって脱したんですか。

中村)20歳超えてくると、自分がかじっていたものを続けている人たちの存在を知るんですよね。バスケでもDJでもサーフィンでも。もちろん皆上達しているし、自分が憧れてやり始めた時に描いていた理想に近くなっていてカッコいいんですよ、見てて。そこで初めて何も続かない自分のミーハーさがコンプレックスになってきちゃったんです。「東京いい店やれる店」って本があったんですけど、当時から付き合っていた現在の奥さんと、この本に載っているお店を一軒ずつ全部行ってつぶしていったんです。毎日デートして、いろんなお店に行きました。そんなことをしていると、いま流行のお店やまだまだマイナーなお店まで広く浅くですけど詳しくなってきて、周りの人から「いま何が流行っているの?」って聞かれるようにようになっていったんです。その中で交流関係も広がっていく訳ですけど、ミーハーだからいろんな分野のスペシャリストに会いたくなって、でも、会うたびに自分のミーハーだっていうコンプレックスはより深刻になるんです(笑)。でも、そこで気づきがあって。スペシャリストの人っていうのは一人で一つの分野に対する百の知識を持っているんですよ。でも、僕のようなミーハーは一人で百の分野の知識をを一つずつ持っている。いつしかスペシャリストの人たちが、僕の持っているその「1」の知識を聞きにくるようになったんです。どちらも結局は百だって考えると、対等に話せるんじゃないか。ミーハーも極めればスペシャリストになるんじゃないかってことに気づいたんです。極端に言うと、例えば映画もその時の一位は見るんですけど、二位三位は見ないようにして、その分売れてる一位の本を読むようにしたりとか。この考え方のおかげで自信も持てたし、ミーハーを極めるのに貪欲になれましたね。

石川)弱みを強みに変えるっていう実例ですね。言うのは簡単ですが、その思考の切り替えはすごいと思います。

中村)元々は、伊勢丹に入社して、以前この哲学塾にも出演されていた藤巻さんの元で働いていたのですが、辞めようと考えている時に「どうせ辞めるんなら自分のやりたいことをやれ」って言われて。それで、学生の時から好きでやっていたイベントをまた始めたんです。藤巻さんっていう強いリーダーの元で働いていると、いろんな人に出会えるんですけど名刺交換ぐらいに留まってしまって繋がらない。だから、いろんな人にまとめて会えて、繋がれる場所を作ろうっていう思いでした。毎回すごく盛況で、この時の顧客を誘導してできることがないかなって考えた時に、当時カフェがトレンドになる直前のような兆候を感じていて、伊勢丹を退職し、外苑前にあった古いビルの5Fの倉庫を再利用して、オフィスをコンセプトとした「OFFICE」というカフェを作ったのが事業の始まりです。カフェを始めたのも、流行りそうだなっていう読みはあったんですけど、飲食店の経験が無い僕でも、「出来そうだなって」っていうことで始めたんです。当時ITバブルの手前だったから、その分野ができればよかったのかしれないですけど出来ないから(笑)。自分が何をしたいかわからないって悩んでいる人は自分の出来る事、出来そうな事から始めることでしょうね。

石川)中村さんの事業スタイルを見ていて思う事なんですけど、自身が興味がある分野とか得意そうな分野に入っていって、集中的にグッと伸ばして、良い意味で素早く手放すのがうまいですよね。ゼロを1にするパワーがすごいと思います。中村)基本的に任しちゃうんですよ。始めのきっかけは作るんですけど、あとは出来る人に任せたいんですよね。カフェでも施設の運営でも、その方が本当のサービスも出来るし、任せた人がプロフェッショナルになっていくので。だから、グループ子会社に専門性を持たせて仕事に応じて振り分けるスタイルを取っている訳です。石川)ゼロを1にするのと1を10にするのとはまた違ったパワーが必要だと思うんですけど、中村さんゼロを1にするのを苦だと思ってないですよね。

中村)自分の性分的になんですけど、例えば僕がカフェの一号店でずっと店長をやっていたとしたら気が狂っちゃいそうになると思うんですよね(笑)。熱しやすく冷めやすい、結局はミーハーなんです。

石川)ゲストの思考に迫るということでよくお聞きすることなのですが、そんな中村社長が幸せを感じるのはどんな時でしょうか。

中村)2年程前から「才能と共に生きる」ということをポリシーにしています。忌野清志郎さんが亡くなったとき、うちのスタッフに大ファンがいて一緒にお葬式に行ったんです。正直あまり興味が無かった人物だったんですが、何万人もの人が大合唱をしてその死を偲んでいるのを見て、一度も生でライブを見た事がないことを凄く残念に思ったんです。立川談志さんが亡くなった時も、緊急追悼番組の情熱大陸なんかを見て同じような事を思って。それで、談志さんのお弟子さんである志の輔さんの高座へ初めて落語を見に行ったんです。そうしたらそれがもの凄く面白くて。マイケルジャクソンもホイットニーヒューストンも亡くなってしまいましたが、せっかく僕は同じ時代に生きていたのに、一度も生でそのパフォーマンスを見られなかったのはもったいないなと思ったんです。僕が生きている間に、その時生きている才能と出来るだけ共有した時間を過ごす事が幸せだと気づいたんですね。これはライブに限らず映画や舞台でもそうなんですけど、いまこの時公開されているものを見て、それをたくさんの人と共有する事が大切だなと。リアルタイムな才能にどれだけ触れられるかがひとつ自分の価値だなと思っています。才能とリアルタイムに生きている瞬間、これが僕が幸せを感じる瞬間です。つまりはミーハー度に磨きがかかっているわけです(笑)。

石川)最後にトランジットジェネラルオフィスの今後の目標を教えてください。

中村)現在は自社の直営店舗のカフェやダイニング、グッチやディーゼルといったファッションブランド等からの運営受託カフェ等、40店舗の飲食店を展開しています。実はうちほど運営受託のノウハウを持っている会社は少なく、経営リスクのことなども鑑みて、今後運営受託店舗の出店加速度は高まっていくでしょうね。具体的には3年間で100店舗程の運営受託店舗を目指しています。ですが、根本的には日本人のライフスタイルに影響を与えられる事業をしていきたいと思っています。最初のカフェもそうだったんですが、少し前であれば湘南と東京を行き来するような「湘南ライフ」という生活の仕方を提案しながら飲食店やレジデンスもやりました。現在展開しているオフィスや住居の「シェア」というのも同じくライフスタイルを提案したいという考え方からやっていることです。そして、最近特に強く思っているのは、グローバルスタンダードを東京に持ってくるという事。当初は海外のものを国内に持ってくる事に抵抗があったし否定的だったんです。ところが、ビル・グレンジャーが手がけるシドニー初のレストラン「bills」の運営受託をしてそれが変わりました。それまでは「世界に通用する○○」って思って何でもオリジナルにこだわっていたんですけど、井の中の蛙でしたね。実際にやってみるとメニューはもちろんインテリアやシステムまですごく勉強になりました。新たにノウハウも蓄積されたし、うちで働きたいっていってくれる人も増えました。何よりも自分たちの実績として世界が認めてくれるようになったんです。この経験から、いまは世界で認められたホテルを東京に持ってきたいと思っています。うちの会社はまだまだ社会貢献を考えるような大きな会社ではないんですが、例えば主要国には進出している世界標準のホテルでまだ東京にないものってあるんですよね。これが東京にできれば「東京いけてるな」って世界から思ってもらえるんじゃいかと。それをトランジットでできれば、これもひとつの社会貢献になると考えています。何よりも基本的には他を圧倒するような話題になる仕事をしていきたいですね。もちろん話題になるような仕掛けや戦略を自分たちで構築しての話ですが。話題にならないようなことはしたくないんです。

石川)ミーハーのスペシャリストの中村社長なんで、来年はまた目をつけられるところが全く変わっているかも知れませんね。

中村)そうかもしれません(笑)。

中村 貞裕/株式会社トランジットジェネラルオフィス 代表取締役社長

1971年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、伊勢丹へ入社。2001年、現・トランジットジェネラルオフィスを設立。「ファッション、音楽、デザイン、アート、食をコンテンツに遊び場を創造する」を企業コンセプトに掲げている。カフェレストラン事業、ケータリング事業のほか、2003年ホテル「クラスカ」の企画運営によりホテル事業に進出。 そのほか、レジデンス、オフィス、アパレルブランドのブランディングプロデュースなども。ライフスタイル・ブランディング創造総合企業を目指し、話題の遊び場を創造すべく精力的に活動中。4月に渋谷ヒカリエに大型イタリアンダイニング「シアターテーブル」がオープン。

石川 康晴/株式会社クロスカンパニー 代表取締役社長

1970年岡山市生まれ。95年クロスカンパニーを設立。99年に「earth music&ecology」を立ち上げ、現在では他ブランド含め、国内店舗数約470店舗まで拡大、昨年9月には中国に進出。宮﨑あおいを起用したテレビCMでも注目を集めている。一方、女性支援制度を中心とした社内制度の充実、環境活動や地域貢献へも積極的に取り組み、東日本大震災で被災者130人の雇用を行ったことでも話題となった。内閣府男女共同参画会議議員。現在、岡山大学経済学部在学中。

編集者PLUG

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