石川康晴の哲学塾 Vol.5
×本広克行(株式会社ROBOT)

今回は、日本人なら誰もが知っていると言っても過言ではない「踊る大捜査線」シリーズをはじめ、2006年の「UDON」、2007年の「SP 警視庁警備部警護課第四係」などエンターテイメント性の高い映画やTVでヒットを続ける本広克行監督にお話を伺った。

石川)「踊る大捜査線」シリーズなど、エンターテイメント性の高い映画で数々の大ヒットを生み出し、日本の映画界を常に席巻し続ける本広監督。監督は、テレビや映画のほか、舞台の演出やプロデュースなど、次々と新しい挑戦をされていますよね。まずは「踊る」シリーズの爆発的ヒットに関して、監督は予期していたんですか?

本広)全くです(笑)。当時は、本当に好きなことをやろうと思いながら作っていて、自分が面白いと思うことを提案したら、自然にプロデューサーも認めてくれて、脚本家も認めてくれて、役者さん達も認めてくれて。そして、お客さんもどんどん増えていって、気付けばビッグ映画になってたんです。本当に伸びのび作らせていただいたので、それが良かったのかもしれないですね。

石川)大成功を収めた訳だから、色々あると思いますが、本広監督があの映画で一番得たものは何だと思いますか?

本広)そうですね、やはり、自分の意見を通しやすくなったという事かな。「踊る」の前はまだまだ結構反対されることが沢山あったけど、「踊る」のMOVIE2の時には記録的なヒットを作ることが出来て、それ以降は結構なんでもやりやすい感じになったんじゃないかと感じます。

石川)なるほど。僕たちの業界もそうだけど、まだまだ世論の中には商品そのものの価値を判断出来る人は少なくて、周りの評価がなければ価値判断ができない人が沢山いるって事なんですね。

本広)そうかもしれないですね。しかし、さらに言うと僕は評論家からは全く評価されないし、賞とかには全く興味がないんです。僕にとっての「賞」は、常に、如何にしてたくさんのお客さんを笑顔にさせられるか、という事なんですよね。よく「意外だね」って言われるんだけど、本当に僕が作りたいのは人間の深みを表現するものだったりするんですよね。暗い演劇とかも、実はすごく好きなんです。

石川)そうなんですか?本広監督の作品は「ポップ」を越えてギャグの域にまで入ってたりしますよね。それでも実は暗いものが好きだと。そんな風にまったくの対局な作品がクリエイトできるってことが、すごいですよね。

本広)何とも、だからこそこれが僕の生きる術なんですよね。僕は自分の作品をすごく客観的に捉えるので。

石川)新しいアイディアは、どんな時に生まれますか?

本広)もちろんいろいろありますが、たとえば今回岡山に来たのは、色んな方とのご縁の中で石川さんとも縁があって出会えたから。新しいアイディアも人との出会いと同じで、人の縁が流れていくように、はっと気付いたりひらめいたりしますね。

石川)これはいつも皆さんに質問させて貰ってることなんだけど、予算も規制もなく自由にしていいと言われたら、本広監督ならどうしますか?

本広)う〜ん。僕の場合は・・・きっと、予算や縛りが無いと何も出来なくなっちゃうと思います。もちろん好きでやってるはずの仕事なんだけど、時と共に、そこにだんだんと使命が乗っかってくるじゃないですか。そうすると、好きだけでは動けなくなる。だから、今の自分はこういう答えになっちゃいますね。震災があった時から、僕の仕事はなんだろうって、ずっと考えていました。もちろんこれは今回の震災に限らずで、95年の地下鉄サリン事件の時や9.11のテロ事件の時も思った事なんだけど、僕らの仕事は、基本的にはいらない仕事じゃないですか。だから、「今は人を楽しませるものはいらなくて…」という雰囲気が重くのしかかっていて、僕らの業界の人は、みんな同じように悩んでると思います。日々、辛く苦しい思いをしている人達がいる中でやっていく意味がどれだけあるのか。それでも、やっぱり寄付することぐらいしかできないじゃないですか。じゃあ、生きてる自分は何をするのか、そう考えた時に、普通でいよう、と。僕は、今やってることを止めないで動かし続けよう。とにかく色んな人を楽しませることを、ちゃんと勉強しようと、改めて思いました。相当悩みましたけど。

石川)そうですよね。本広監督が生きる上で、また仕事をする上で大切にしていることは何ですか?

本広)自分の作りたいものでお客さんを喜ばせるというのが、僕の作りたい映画なんです。作ってその後はそれでおしまい、って事じゃなくて、僕の作ったものをお客さんたちが見て、泣いたり喜んだり。そしてそれがまた僕に反射してきて。それが成果であり、大切にしている事です。

石川)若い頃から絶対に曲げなかった、哲学やポリシーはありますか?

本広)そうですね。若い頃は、言われたことはとにかく断らないということがポリシーでした。難しいとされる役者をあてられても、断らないだとか。「よくあんな規制があるなかでできたよね」って言われる事がすべて、自分自身のモチベーションに繋がっていました。

石川)本広監督は、若い頃から与えられた物の中で最大限のパフォーマンスを出すということに、常にチャレンジしてきたんですね。

本広)そうですね(笑)。僕はF1大好きなんだけど、まさにF1の精神ですよね。とにかく高速だの規制だの制限だの、そんな制限を頑張って乗り越えて、こんなのが出来ました!っていうのが、快感なんですよね。

石川)なるほど。これは、数々の有名女優や俳優と出会ってこられた本広監督だからこそ伺いたいのですが、本広監督が思う有能な女優さんや俳優さんのキーワードって、ありますか?

本広)そうですね。やはり、しっかりと主張する方というのは、ちゃんと自分の意思を持ってお芝居をしていますよね。だからこそ僕たちが、そこにしっかり耳を傾けるということが大事だと思っています。しかし、演技だって音楽と一緒で、やっぱり持っている運というのは大きいと思います。良いマネージャーが付くということも大事な要素ではありますよね。

石川)最後に。本広監督のような映画監督になりたがっているクリエイター、また女優や俳優になりたいと思っている岡山の人々に、メッセージをください。

本広)僕らと何か一緒にやりたいとか、こんな夢を持って頑張っていきたいと思ってる人がいるなら、その時は、必ず何かしらのアピールをしてもらったほうがいいと思います。だって、小さい大きいに関わらず、口に出して言ってると必ずその人に近付けるし、夢にも近付けると感じますから。

石川)確かに。僕もそう思います。たとえば僕の場合は新店舗の出店などの時にも、これは無理だろうなと思いつつもそれを言い続けていると、不思議と知らない間にその目標に近付いていたりするんですよね。

本広)そうなんですよ、言い続けるっていう事は本当に大事ですよね。口に出すってことは、自分が思ってる以上にすごい事なんです。ちょっと恥ずかしいとか思ってても、それを口にすることで自らを自己暗示にかけちゃうっていうか。想いや願望は毎日まいにち繰り返して言う。それをやってると、未来に繋がっていけるんです。これは僕自身が先輩達に教わったことでもあります。

石川)本当にその通りですね。思いは、願い続ければ必ず実現するということですね。本広監督、これからも素晴らしい作品を楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

本広)こちらこそ、どうもありがとうございました。

本広 克行/株式会社ROBOT 映画部所属 映画監督

1965年香川県生まれ。映画監督、テレビドラマ、舞台等の演出家・プロデューサー。横浜放送映画専門学院(現、日本映画大学)を卒業後、電通映画社(現、電通テック)、共同テレビを経て、共同テレビの子会社であるベイシスに入社。バラエティ番組のアシスタントディレクターからディレクター、ドラマ番組のディレクター、映画作品の監督を経て、1998年、株式会社ROBOTに入社。現在、映画部所属。

石川 康晴/株式会社クロスカンパニー 代表取締役 社長

1970年岡山県生まれ。株式会社クロスカンパニー代表。大手紳士服メーカーで経験を積んだ後、23歳の時に起業し1995年に株式会社クロスカンパニーを設立。セレクトショップを出店する。1999年にアパレルSPA企業へと転換し、感度の高いデイリーカジュアルを発信する都市型セレクトショップearth music&ecologyを中心に展開している。現在は岡山大学経済学部に在学中。

編集者PLUG

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