石川康晴の哲学塾 Vol.28
×宮内正喜(フジ・メディア・ホールディングス/フジテレビジョン 代表取締役社長)×山﨑 夕貴(フジテレビアナウンサー)

石川康晴と同じく岡山との関係が深い二人。日本を代表するメディアグループの代表とフジテレビの人気女性アナウンサーにライフスタイルと仕事の哲学を訊いた。

石川)フジ・メディア・ホールディングスおよびフジテレビジョン、両社の代表取締役社長である宮内さんは岡山放送の社長を8年間務められており、山﨑アナウンサーは倉敷出身。今回はご経歴やルーツに岡山というキーワードを持たれているお二人をゲストに人生や仕事における哲学をお伺いしていきたいと思っています。まずは、何故いまのお仕事を選ばれたのか教えていただけますか。

宮内)社会人51年目になりますが、これまで放送業界一筋。高校時からジャーナリストを目指しており、大学の学部もゼミもそのための学びをしてきました。ところが、実は一度も報道セクションに配属されたことはないんです。仕事をやめない限りまだチャンスはあるかもしれませんが(笑)。入社当初は営業に配属されて5年ほど勤めていたのですが、編成という部署に興味を抱き自ら異動を希望しました。営業としての仕事を熱心に教えてくれていた先輩たちには申し訳ないことをしたような気持ちもありましたが、それ以降はフジテレビの番組全体を管理する編成を主なフィールドに仕事をすることになります。より新しく、より良いコンテンツの制作に没頭しましたね。企画会議でもどこかの番組を模倣したようなものや、ありふれたものは容赦なく切り捨てていました。

石川)番組の制作はもちろん、ゼロから何かを生み出す時には勇気がいるもの。当然のことながら結果を出せないかもしれないというリスクがつきまといます。宮内社長の中で当たる企画とそうでないものを判断する基準というのは何だったのでしょうか。

宮内)それは勘としか言いようがありません。あとは担当者の熱気ですね。企画を進めていく当事者たちがどこまで突き詰めて考えられているか、本気で向き合っているかというのは成功を引き寄せる大事な要素だと思います。

石川)私は勘というのは理論の組み合わせであり、判断をする人間のセンスだけではなくてインプットの量によって精度が変わってくるものだと考えています。宮内社長は、私が知るなかでも装いにこだわりを持たれた経営者。ファッションはもちろん、舞台やワインなど幅広い見識をお持ちの方です。そうした日々のリサーチが良い判断を導いていらっしゃるように思います。山﨑さんはなぜ、倍率千倍以上とも言われる狭き門であるキー局のアナウンサーを目指されたのでしょうか。

山﨑)大学生の頃、地元である倉敷の魅力を発信する「倉敷小町」をさせていただいていた時にテレビ局のアナウンサーさんとお仕事をする機会もあり、みなさんすごくキラキラしていて。当時岡山放送でアナウンサーをされていた魚住咲恵さんたちへの憧れからアナウンサーに挑戦しようと決心しました。ダメでもともとでしたけど(笑)。そんなに切迫感もなく受からなかったら地元で就職しようと考えていたので、そのくらい肩の力を抜いて臨んだのが逆に良かったのかもしれませんね。

石川)山﨑さんは入社して9年目とのことですが、これまでいろんな逆境があったかと思います。私も起業してからこれまで3度ほど倒産の危機を乗り越えてきました。そんな時に決まって思い出すのは、「止まない雨はない」という言葉。そして、2時間の長風呂で頭をリフレッシュすることなどを乗り越えなければならない時のルーティンにしています。お二人はそうした逆境を乗り越える時にどんなことを大切にされていますか。山﨑)実はまさしくいまが崖っぷちの状態で(笑)。入社してから情報番組のエンタメコーナーやバラエティを中心に仕事をしてきたのですが、今年4月から「とくダネ!」という報道寄りの情報番組を担当することになりました。カメラの前で真顔すらあまり作ったことのなかった私が、人の生死に関わるニュースや事故といった情報を扱うのには相当のプレッシャーがありました。いまも本番前には押しつぶされそうになることもあります。そういった時には、自分の周りの人たちに相談して、その意見を参考にするようにしていますね。でも、コミュニティが狭いので相手はそんなにいません(笑)。ただ、無理して自分じゃない姿を見せるよりも、理解してくれる人たちと手を携えていきたいという願望があって。最近はSNSの時代で、「ツイッターで叩かれてたよ」とか自分で見なくても人からそういったネガティブな情報が入ってくることもあるのですが、そんな時は、世の中の人は自分が思うほど私のことを見ていないんだと自己暗示をかけるようにしています(笑)。あと、悪口は言わないほうが世の中的には良いとされていますけど、そんな綺麗事だけではやっていけない時もある。気のおけない仲間と言いたいことを言いあって嫌な気分を吹き飛ばすことも大事だと思っています。

宮内)現在の役職に就く時もいわば逆境の時だったと思います。視聴率も業績もどん底でした。就任して1年以上が経ちますが、まずは業績の回復に向けて舵取りをしてきました。業績が上がれば社内の空気も良い方向に変わってくる。「万引き家族」「劇場版コード・ブルー」と映画のヒットにも恵まれました。グループ全体でチャンネルイメージの向上を図ることが、テレビにも返ってくると考えています。まだまだ課題はありますが、成果が徐々に現れてきているなという手応えはありますね。その時は苦しくとも、後々振り返れば逆境の時こそ輝いて思い出されるものです。経営者が若返りを図るのがスタンダードのような世相の中で、後期高齢者を目前に控えた私が社長になることに「何ができるのか」といった記事も一部で散見されましたが、それらもエールだと思って受け止めています。70歳を超えてからは、失敗や周りの評価を恐れて躊躇するといった思考そのものが無くなり、いまの自分だからこそできる経営があると感じています。

石川)若い経営者ならではのエネルギーや発想力はもちろん素晴らしいですが、経験値を武器とした老獪な経営もある。非常に興味深いお話ですね。また、苦しかった時がその後の人生で大きな経験になるというのも共感できます。宮内社長は、そうした逆境に立たれた際に、どのようなメンタルで臨まれているのでしょうか。

宮内)自分はスーパースターでも超能力者でもなく、突出した才能に恵まれた人間でもありません。そうした優れた人たちを組み合わせることが経営者の役割。つまり、一人では何もできないんだということを思い返すようにしています。上下と左右、組織の内外に自分のことを理解して支援してくれる人がいると信じるしかない。理解してくれさえすれば、人は必ずどこかで支援してくれるものです。これは、地縁も血縁もなかった岡山時代にも感じました。自分さえ真摯に向き合えば、社員もクライアントも地元の方たちも大きな力になってくれる。これは逆境に限らず、生きる上での真理だと思います。

石川)お二人に共通しているのは、逆境の時に一人ではなく周りの人との関わりを大切にされているということですね。年齢を重ねることで見えてくる段階があるという宮内さんのお話もありましたが、山﨑さんは20代と30代で何か変化を感じられましたか。

山﨑)20代はとにかく仕事に没頭していました。自分の生活ペースやリズムに合わないものは排除してしまう、いわば自己中心的な時代だったかもしれませんね。30代になってからは自分を客観的に見られるようになったことで、それまで悩んでいたことにも肩の力を抜いて向き合うことができるようになった気がします。大切なひとができてからは自己犠牲にも否定的ではなくなりました。後輩のアナウンサーたちの相談に乗ることもあるんですが、自分も同じように悩んでいたことに対してアドバイスしても、彼らはどうも腑に落ちていない感じがします。私自身がそうだったように、時が経つことによって本当に理解できることは多いような気がしますね。

石川)人間は年齢とともに、自分自身を俯瞰で見られるようになるのかもしれませんね。お二人それぞれのお立場から、これから放送業界を目指しているひとたちにアドバイスするとすればどんなことをお話しになりますか。

宮内)まず、これから放送業界を目指している学生さんたちには、自分自身の個性で勝負することを心がけてほしいと思います。私もこれまでに何千人と面接をしてきましたが、マニュアル通りで予定調和なやり取りほど面白くないものはない。また、放送業界を放送業界と思っていないような若者にできるだけ集まってもらいたいなと思います。総合通信販売事業を主な事業とするディノス・セシール、デジタルコンテンツの企画、制作、販売なども手がけるポニーキャニオンなど、フジ・メディア・ ホールディングス各社はテレビ番組以外に多様な事業を展開しています。放送業界に関わらず、固定観念に囚われず、人間が欲するニーズに対して柔軟に応えられる人材が社会から求められているように思います。

山﨑)アナウンサーを目指す学生から、どんな勉強をしていれば仕事に活かせるのかといった質問を受けるのですが、頭で役に立つかどうかを考えることをやめた方が良いというお話をします。私の場合、フリートークをする機会も多く、そんな時に役立つのはこれまでの人生経験しかありません。恋愛や旅行、人間関係まで、人生経験の引き出しをたくさん持っているほど、それが生きた言葉になります。私は漫画喫茶でアルバイトしていたことがあるのですが、刑務所から脱走した容疑者が漫画喫茶で気づかれ、その後逮捕されたニュースについて、店員の立場で分析することができました。どんなことでも毎日を一生懸命に生きる、これに尽きると思います。

石川)私は、仕事とは趣味である思っています。プライベートと仕事を分けて考えようという世の中にはそぐわないかも知れませんが、少なくとも経営者としては仕事を趣味のように楽しんでやっていきたい、そう考えています。最後に、お二人にとって仕事とは何でしょうか。

山﨑)やりがいもあるけどその分ストレスもある。ただ、そのストレスさえもスパイスのように人生のメリハリになる。仕事とは人生を楽しむためのスパイスだと思います。

宮内)仕事があるからこそメンタルもフィジカルも保たれている、仕事とはハッピーエイジングのための滋養ですね。

宮内 正喜

1944年生まれ、山口県出身。 慶應義塾大学法学部卒業後、1967年4月にフジテレビ(現:フジ・メディア・ホールディングス)へ入社。フジテレビでは主に編成と事業部門を中心に歩み、1999年にフジテレビ編成制作局長、2000年に執行役員、常務取締役、専務取締役を務め、専務時代は沖縄テレビ放送非常勤監査役を兼務した。2007年にFNS系列の岡山放送の代表取締役社長に就き、2014年に開局45周年事業でイオンモール岡山に『OHKまちなかスタジオミルン』を開業させるなど地域密着戦略を執った。2015年7月にBSフジ社長へ就任。2017年6月28日にフジ・メディア・ホールディングスおよびフジテレビジョン両社の代表取締役社長にそれぞれ就任した。

山﨑 夕貴

フジテレビアナウンサー。1987年生まれ、岡山県倉敷市出身。岡山大学法学部に在学中の2007年に第25代倉敷小町(親善大使)に選ばれて活動。卒業後の2010年4月フジテレビ入社。『ヤマサキパン』(2010~2011年)、『めざましどようび』(2010~2012年)、『めざましテレビ』(2011年~2018年)、『ノンストップ!』(2012年~2018年)、『モノシリーのとっておき~すんごい人がやってくる!~』(2017年~2018年)などの出演を経て、現在は『ワイドナショー』(2014年~)、『とくダネ!』(2018年~)などで活躍中。

石川 康晴

(株)ストライプインターナショナル 代表取締役社長。1970年岡山市出身。京都大学大学院卒。1995年クロスカンパニー設立。1999年に主力ブランド「earth music&ecology」を立ち上げ、現在、グループ売上高約1,300億円、従業員約6,700名、約1,500店舗まで拡大。2016年、社名を(株)ストライプインターナショナルへ変更し、ファッションという領域を超えライフスタイルをトータルに提案する企業を目指すなど更なる進化を続けている。一方で、石川文化振興財団理事長も務め、地元岡山での地域貢献活動へも積極的に取り組んでいる。

編集者PLUG

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