石川康晴の哲学塾 Vol.22
×出井 伸之(元ソニー株式会社代表取締役会長兼CEO) 

ソニーがベンチャー企業からグローバル企業へと発展していく過程に携わり、経営者としてもその成長に参画してきた国内有数の経済人出井伸之に仕事への哲学を訊いた。

石川)出井さんは現場から社長まで上り詰めた言わばたたき上げの経営者でもあります。キャリアアップを目指すビジネスパーソンの参考にもなると思うのですが、当時どのようなことを考えお仕事をされていたのでしょうか。

出井)正直自分が社長になるなんて、考えても目指してもいませんでした。だからトップを目指す人の参考にはならないかもしれません(笑)。ただし、常に変化の中に身を置くことは意識していました。最も印象深いことは、事業部長に就任したときのことです。事業部長とはものづくりの長、つまりエンジニア集団のトップで、「理系」を歩んできた人が就くのが当たり前。文系出身の私には、当然のことながらなかなかチャンスは巡ってきません。そこで私は、オーディオ事業部門の責任者に自ら名乗りを上げました。当時はオーディオ不況の時代で、オーディオ事業は苦境に陥っていました。そんな部門の責任者なんていました。そんな部門の責任者なんて誰もやりたがらない。私が事業再生を引き受けるという形で、前代未聞の人事が成立することになりました。その後、コンパクトディスク(CD)の登場で時代の流れを掴み、引き続いてコンピュータ、ビデオ事業部などの事業部長を40代で歴任することになりました。

石川)社内の難しい課題に自ら臨むというのはキャリアアップを目指す人であれば普通は躊躇するところ。かなりの覚悟を要することですね。

出井)いまの日本の人たちにはもっと身を投げて戦って欲しいですね。そして、全てはキープチェンジングである、自分自身の枠を決めつけるなと。組織で仕事をする上で、「自分にとってどうか」、「会社にとってどうか」というポジショントークと戦わなければならない。それは責任が重くなればなるほど厳しくなります。きっと定年間近の人であれば会社にとって必要が迫られてもなかなかチャレンジはしないでしょう。若いうちだからこそ、自分自身と会社双方にとって最善の決断を繰り返す、それが一番のキャリア形成になるはずです。

石川)出井さんはソニー入社後、十年近くヨーロッパで仕事をされていたとお聞きしています。私は、時代が更にグローバルに向かっている中、自分自身が日本人であるということを以前より意識するようになりました。クロスカンパニーはアジアをはじめ海外にも勢力的に出店を進めていますが、経営者としていろいろな国の文化や歴史背景にもっと理解を深める必要性も感じています。日本人が海外でビジネスをする上での課題、出井さんが欧州に長期滞在されている間に感じられたことを教えてください。

出井)欧州に限って言えることではありませんが日本人に比べて個が立っている、というのが最も端的な表現だと思います。日本では幼い時から集団行動という枠に押し込められるため目立たないことが良しとされる文化がある。また、真面目であるがゆえ、考え方や導き出される答えも画一化されがちなのは否めません。現在の日本では以前に比べて変わってきているようには思いますが、いまだに教育の現場では年号や公式を暗記することに重きが置かれているように感じます。ヨーロッパではひとつの問題に対して、両極の意見があることを踏まえて自分はこう考えるという意見ができるかがビジネスでも日常会話でも最低限求められている。また、これだけスマートフォンが普及したいま、だいたいのことが即座に調べられるので、過剰な知識の暗記は必要ない。知識ではなく考え方。自分の考えを自分の言葉で相手に伝える、当たり前のようですが我々日本人にはまだまだ足りないのかもしれません。日本では会合のあいさつなども大体おきまりの文句が飛び出しますが、ヨーロッパやアメリカではその場のジョークから始まります。日本にも落語で言うところの枕と呼ばれる話芸がありますが、ビジネスパーソンもその場で言葉を紡ぎだすセンスをもっと鍛える必要があるかもしれません。

石川)たしかにヨーロッパはファッションシーンでもユニークな人たちが多い印象があります。昨年、日本代表として臨んだEY ワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤーで私も世界の国々の個性と文化の多様性を改めて感じました。彼らとより親密なコミュニケーションを図るには感性の部分でもより自分をブラッシュアップしていく必要があるなと。

出井)私もヨーロッパでの最初の一年間は彼らの輪の中に入るのに苦労しました。自分と他人をはっきりと区別するような気質があり、どのようにして仲間と認めてもらうか、これがなかなか難しい。しかし、ひとりのアーティストと出会い、いろいろなパーティーに呼んでくれるようになったことをきっかけに深い交流関係を築けるようになりました。彼らとのコミュニケーションを助けてくれたのはビジネスや学術的な会話などではなく、映画や音楽といった国境を越えたカルチャーの話題。アートやスポーツなども含め、できるだけ幅の広い見識を養っておくことは世界で戦う時に心強い武器になると思います。

石川)クロスカンパニーはアパレル企業ですがクリエイティブとテクノロジーを積極的に取り入れた事業展開を模索しています。石川文化振興財団では現代アートを通じて感性を養う機会を創出することを目指しており、また、シリコンバレーとも交流を持って服飾文化にイノベーションを起こす可能性を探っています。出井さんは特にシリコンバレーの起業家や投資家と長期にわたって関係を持たれていますが、世界の最先端を担う彼らから今後のグローバルリーダーが学ぶべきはどんなところでしょうか。

出井)数年前までシリコンバレーを本拠とするサン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems)というIT企業がありましたが、SUNとはStanford University Networkの頭文字。この会社に象徴されるように、シリコンバレーには大学、開発者、投資家、政府など、様々な組織を巻き込んでベンチャーが伸びる生態系が出来上がってる。また、アメリカの大学の教授は自分自身で企業経営をしながら教鞭をとっている人も少なくありませんが、日本の場合、学者は学者でしかないことがほとんど。日本は学術と実践のビジネスが乖離してしまっているケースが実に多いように思います。また、温故知新を尊重するあまりフィードバックすることに捕らわれてしまっている。過去三年間はこうだったから次の三年はこうしよう、随分前からそういった考え方は通用しない。例えば、半導体の集積量をいかに増幅させるかといった研究をセオリーに沿って行っている企業もあれば、抜本的に構造そのものを見直す研究をしている企業がある。シリコンバレーの優れたベンチャーキャピタルは少なくとも十年先を見据えてそうした可能性ある企業に投資をしていますが、日本ではそんな投資機関はなかなか見当たりません。これからグローバルで成功しようとする人は「こうなりたい」、そのために「こうしよう」といった発想を持ち、短期的収益でなく未来に描いて実践できる人だと思います。

石川)ロジカルよりも先にクリエイティブが必要。どんな企業にとっても、何か自分たちの手で新しいものを生み出そうとする気概が以前より求められる時代になったのかもしれませんね。

出井)物事の価値を計ることのできる感性が以前よりも必要になってきたようにも思います。日本人はどうしても原価率に目を向けてしまいがちですが、原価に足し算をして付加価値を積み上げていく考え方にはクリエイティビティは反映されづらい。洋服の場合も、原価がいくらであったとしても優れたデザインであれば原価よりはるかに高い値段で売れる。ある経理の人が四十年前のワインの伝票を見て不良在庫じゃないかと言ったという話があるのですが、本質はそうじゃないですよね(笑)。経理にもクリエイティビティが必要であるし、あくまで一例ですが情報の価値というものにも気づけなくなってしまうというエピソードです。企業には何か新しいものを生み出す人、繰り返し同じことができる人の両者が必要ですが、優秀な人材というのはその両方ができる人のこと。繰り返し同じことをしながらもそこにクリエイティブな思考を持つことができるかどうか、そんな人材が求められています。

石川)管理された職場環境とクリエイティビティは相反しているのではないか。特にデザイナーたちの場合は勤務時間や服装に至るまでなるべく自由なスタイルで働ける環境の方が適しているようにも思うのですが。

出井)最近あるIT企業のオフィスを訪問した際に、シリコンバレーに倣った無料の社員食堂や遊び心あるオフィス空間など色々とご説明頂いたのですが、正午のベルが鳴ると同時に大勢の社員さんが立ち上がって一気に食堂に集まってくる様子を見ると、仕組みだけを変えても日本人はやっぱり日本人だなと(笑)。ただし、いまの二十歳前後の人たちからは本格的に価値観が変わってくるだろうという予感はあります。また、企業を見てもこれまではサプライヤーロジックの効率追求で成長をしてきましたが、いまはいかにユーザーのニーズに根差したものを提供できるかという軸に変わりつつある。

石川)アパレルも将来的には完全にマスカスタマイズネイションに移行すると考えている人もいますね。オンライン上で誰もがオーダーで服を作って注文するようになると。3Dプリンタの登場でそれもかなり現実味を帯びてきてはいますが、やはりファッションは感性やブランドのバックボーンやフィロソフィーがあってはじめて価値が生まれる。優秀なデザイナーの確保は我々にとって大きな課題だと思います。

出井)ソニーもデザインを内製化しており、デザイン部門は社長直轄の部署でした。それだけ重要な部門だということです。ニーズを汲み取って形にするケースが増えたとしても、それをいかにアウトプットするかは彼らの手腕によるところ。企業活動と同様、人材の確保に対しても働き手が魅力を感じる職場環境を彼らのニーズに合わせて整備していく必要はあると思います。

石川)次世代の日本人の企業経営者、リーダーに求められるあるべき姿についてはどう思われますか。

出井)小さいスケールで考えず、初めから世界を目指してほしい。世の中の流れを振り返ると、明治維新・第二次産業革命の頃から終戦までが一〇〇年。そこから冷戦終結・バブル崩壊までが五〇年。この間に日本は製造業を中心に成長し、ソニーもその代表格として八兆円企業まで成長しました。そこから、マイクロソフト・インテルなどのPCと、インターネットが席巻する時代が二十五年間続きました。その流れでいけば、次の変革は今から十年と少し後に起きる可能性があります。この頃に三十代を迎える今の若者たちが、これからの時代を築くキーマンとなっていくでしょう。彼らにはCommanding Heightsを握る気概を持ってほしい。今の日本は上場企業経営者でさえ、銀座で飲めるようになったことで満足してしまっている人間がいる。日本人はもっと勇気を持って世界一を果敢に掲げるべきだと思います。

石川)最後に、「仕事」とは。

出井)仕事とは「楽しいこと」です。義務感に苛まれながらの仕事は苦痛でしかありません。自身の適性を知り、どんな仕事にも楽しみを見出させる好奇心を持ってほしいですね。

出井 伸之

1937年東京都生まれ。1960年早稲田大学卒業後、ソニー入社。主に欧州での海外事業に従事。オーディオ事業部長、コンピュータ事業部長、ホームビデオ事業部長など歴任した後、1995年社長就任。以後、10年に渡りソニー経営のトップとして、ソニー変革を主導。退任後、クオンタムリープ設立。NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ理事長。『日本大転換』(幻冬舎新書)、『日本進化論』(幻冬舎新書)

石川 康晴

(株)クロスカンパニー代表取締役執行役員社長。1970年岡山市生まれ。国立岡山大学経済学部卒。京都大学大学院在学中。1994年クロスカンパニー創業。1999年に主力ブランド「earth music&ecology」を立ち上げ、2010年には宮崎あおいを起用したテレビCMで注目を集める。翌年には中国に進出し、現在、グループ売上高約1,100億円、従業員約4,340名、世界28カ国で展開し約1,600店舗まで拡大。一方で、石川文化振興財団理事長、内閣府男女共同参画推進連携会議議員を務めるなど、女性支援制度の充実、地域貢献活動へも積極的に取り組んでいる。

編集者PLUG

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