石川康晴の哲学塾 Vol.17
×関根 純(スターバックスコーヒー ジャパン株式会社)

コンセプトも提供する商品も、存在そのものが社会にとってなくてはならない物になりつつあるスターバックス。お客様、スタッフといったステークホルダー全てに会社としての世界観が浸透している素晴らしい企業です。

百貨店に通ずるブランディングと「お得意様」をつくる接客サービス。

石川)関根社長は3年前にスターバックスコーヒージャパン株式会社(以下スターバックス)の代表に就任されるまで、伊勢丹をはじめ百貨店業界で長くその手腕を発揮されてきました。いままでと異なる事業の会社を経営される中でどんなことを感じていらっしゃいますか。

関根)私は伊勢丹時代にヤングレディースのアドバンスを担当していました。同社はマーチャンダイジングとマネジメントに非常に強い百貨店として当時から有名でしたから、その環境の中で錬成してきた経験がスターバックスの経営でも活きていると思っています。また、百貨店事業と異質な部分はありますが、ブランディングの構築や接客を通じた顧客満足度を追求していくことなど、経営を考える上で大事にしなければいけないポイントでいうと深く重なる部分は多いように思いますね。何より、私自身コーヒーが大好きなので(笑)。この年齢になってスターバックスの経営をさせていただけるというのは本当に幸せなことだと思っています。

石川)少し前に関根社長から「お得意様は“得意”な存在になれるからお得意様になる」という百貨店時代の言葉を教えていただいたことがあり、当然のことのようですが、小売業ではなかなか全てのスタッフの対応にきちんと反映させることが難しい、いわば接客の本質となるロジックだと興味深く拝聴していました。スターバックスは、高いCS(顧客満足度)を実現されていることでも有名ですが、驚いたのは、接客マニュアルが無いということ。全国に約千店舗を展開し、二万五千人以上にものぼるパートナースタッフの接客をマニュアルに頼らずにレベルを保つというのは非常に難しいことのように思います。私も以前スターバックスである光景を見て感動したのをよく覚えています。それは、おそらくホットのドリンクをまだ小さなお子さんを連れた女性がオーダーされた際、「ミルクを入れて少し温度を下げましょうか?」とすかさずスタッフさんがひと言声をかけているシーンでした。ドリンクを一つしか注文されていないからきっと親子でシェアするのだろうという予測を瞬時に立てたこと。そして、子どもだと熱い物は飲みにくいだろうと温度を下げる提案をするのですが、ここでミルクをチョイスしていることも興味深い。ただ温度を下げるのではなく、きっと味わいの面への配慮と、ミルクを多めにしたほうが子どもにとってより飲みやすいのではないかと考えたのかなと想像ができました。一瞬で相手にとって何が喜ばれるかということを考え、さらりと提案できる。当たり前のことのようで、これは凄いことだなと感心しました。百貨店ではありませんが、全てのお客様を「お得意さま」に変える接客というのはこういったことを指すのではないかと思います。

関根)そういったスターバックスの接客サービスにまつわるお話はいろんなところから教えていただいており、お聞きするたびにとても誇らしく思いますね。我々はそんな正社員、アルバイトなど関係なく、全ての従業員を敬意を持って「パートナー」と呼んでいます。石川社長のおっしゃる通り、二万五千人ものパートナーの接客サービスのレベルを一定以上に底上げし維持するのは容易なことではないように思います。私も百貨店からこちらへ来たばかりの頃は驚きました。マニュアルに頼らず高い接客サービスを行えるパートナーが多いことの答えになるかは分かりませんが、スターバックスにはマニュアル以上に大切な使命感、「ミッション」を共有できる風土があります。百貨店の場合は、館の中に様々なカテゴリの商品やブランドが集まっており、それぞれが独立していることも少なくはありません。しかし、お客様は同じ館の中にあるということで、例えばそれが伊勢丹であれば全てに「伊勢丹」というブランドに対しての接客レベルを求めてこられます。そのため、概ねどこの百貨店でも接客で大切にしなければならない訓示のようなものを全員で唱和することで、スタッフの連帯感を醸成し意識を高めるといった取り組みをしています。また、レベルを均一に保つため、「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」といったお客様へのお声掛けの言葉も統一することが多い。スターバックスの場合は、ほぼ全店舗直営という意思共有のしやすい環境の利点も活かしながら、あくまで「ミッション」は何かということを理解してもらうことに力を入れています。我々のミッションは「ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから、人々の心を豊かで活力あるものにする」ということ。極端に言えば、ミッションを達成できればお客様への接客の方法、お声掛けの仕方はある程度自由ということですね。また、教育センターのようなところで社員教育をするのではなく、あくまで現場のリーダーが技術的なことも含め、ひとり一人がしっかり考えるというスターバックスの哲学を実店舗で伝えてくれています。ドリンクのレシピなど品質に関わるルールは厳しく定めていますが、接客においてはあくまでお客様が何を求めていらっしゃるかをいかにキャッチアップできるかが重要。マニュアルに目を向けるのではなく、目の前のお客様に意識を向けることを全員が共有しています。最近ではコンビニ各社もいれたてのコーヒーを提供するサービスを導入していますが、スターバックスならでは味わいはもちろん、独自のホスピタリティが無ければ我々はただのコーヒーチェーン店になってしまう。パートナー全員が最高レベルの接客ができているとは言い切れませんし、形態としてはあくまでセルフサービスですが、気持ちの上ではフルサービスを提供することをパートナーは考えています。

石川)画一的でなく臨機応変に考えることのできる人材育成、これを実現するのは確かにマニュアルではなく、もっと根本的な意義を共有することにあるのかもしれませんね。

褒め合う文化と人事制度改革が従業員満足度と低い離職率を実現。

石川)いま大手飲食チェーンでは勤務形態、雇用に関わる様々な問題から人手不足が深刻化しているといったニュースをよく目にします。しかし、そんな社会的な状況の中で、スターバックスのパートナーさんは皆さんとても活き活きと働かれているというのが私の印象です。店舗の中で褒め合う仕組みを取り入れられているとお聞きしていますが、顧客満足度も含めてそのことによる効果も大きいのでは?

関根)スターバックスではパートナー同士がお互いを観察しあい、パートナーとして必要とされる行動を正しく実践していると思う人がいたら、こういう点がよかったとカードに書いて渡す「グリーンエプロンブックカード」を取り入れています。5枚集めると、お店で正式に表彰してもらえるのですが、これも必要とされる接客サービスを行う上で、パートナーのインセンティブになっているのだと思います。日本にも古くから人は褒めて伸びるという言葉がありますが、意外に日本人は心では思っていても言葉に出して直接相手に伝えることは苦手なように思います。私も奥さんに感謝の言葉が無いと叱られることもありますしね(笑)。スターバックスはシアトルで生まれ、アメリカのカルチャーが仕組みにもよく現れていると感じますが、この褒め合う間柄というのは店舗内の職場環境にポジティブな好循環を生み出し、お客様に対してより良いサービスをご提供しようという気持ちを自然に呼び起こせる特筆すべき文化だと思います。

石川)クロスカンパニーは、創業時から「全員正社員」を掲げ、日本で初めて「4時間正社員」制度を導入するなど、積極的に働く女性の支援を行ってきました。今春、スターバックスでは契約社員の方々を正社員化されたことが話題にもなりました。職場環境はもちろん、雇用という点でもより一層の充実を図られようとしているのだと思いますが、その背景は?

関根)アベノミクスによる景況感の回復や経済団体などからの要請も社会的に注目を集めていますが、スターバックスが行った今回の正社員化は、実は三年以上前から計画をしていたことです。今後の出店拡大に向けて店長を担える人材を育成していく上でパートナーの待遇を改善する必要があると感じてのことです。会社の一番の財産は何と言ってもそこで働く人に他なりませんから。社内での不公平感を出来るだけ無くさないといけないと考えています。また、既に正社員として働いている人も年齢を重ねるごとにライフステージが上がってくるので、それぞれに応じた働きやすい人事制度の改革をこれからも続けていきたいと思っています。おかげさまでスターバックスではアルバイトも含めたパートナーの満足率が八十九パーセントという数字を頂くことが出来ました。また、新卒で入社したパートナーの入社後三年間での離職率も五パーセント以下。経営者としてはプレッシャーもありますが、人事、雇用に関わる数字の上でもより良い結果を出せるよう緊張感を持って取り組んでいきたいと思っています。

既存店も全国続々と改装!サードプレイスの在り方。

石川)スターバックスといえば「サードプレイス」という考え方も有名です。このコンセプトを実現する為に既存店の改装にも積極的だと伺っていますが。

関根)自宅が第一で、職場や学校が第二、そして第三の居場所にスターバックスがなるというのがサードプレイスという考え方です。少し前までは美味しいコーヒーが飲めて、居心地の良い場所という基本的なことをスターバックス流に提案をしていれば支持していただけていましたが、この第三の居場所に必要な店舗環境も時代とともに変わってきました。いまではタブレットやノートPCを持参して来店される方も非常に多く、場合によっては仕事や勉強をする場所として二・五プレイスのような位置づけになっていることも少なくありません。WIFI環境の整備やコンセントの設置など、新店舗はもちろん既存店においても、それぞれの地域ニーズに合った設備を整えていきたいと思っています。あまりに居心地の良い環境を提供していると回転率が鈍くなるのではというご質問を頂くこともありますが、スターバックスにご来店いただくお客様は大変マナーの良い方が多く、混雑時など周りの状況にも配慮していただいていることで助かっていますね。

ブランド成長に必要な存在意義。ライフスタイルのパーツに。

石川)私は事業のコンセプトを考えるときに社会的存在意義があるのかということを強く意識するようにしています。例えば、弊社の主力ブランドであるアース ミュージック&エコロジーが無くなってしまったとしたら、どれだけの人が気に留めてくれるのかということ。無くなっても誰も気にもしないものになっていないか、常々そういった危機感を持ってビジネスを考えています。実は、こういった話をするときに社内でもよく引き合いに出すのがスターバックスの事例です。サードプレイスというコンセプトも、提供するコーヒーをはじめとした商品そのものも、いまやその全てが多くの日本人のライフスタイルに溶け込んでいる。人々のライフスタイルを形成するパーツの一つになれるかどうか、ブランドをリフトアップする上での学びがスターバックスにはあるように思います。

関根)スターバックスが日本で展開を始めるときに、ファッションを中心に事業をしているサザビーリーグという会社とタッグを組んだことも大きいと思います。現在は日本でロンハーマンなども展開している会社ですが、手が届く半歩先のオシャレや、ライフスタイルの提案において非常に長けた会社。現実的な日常の豊かさを提供するという点でも考え方も近く、スターバックスの世界観を日本に伝えていく上で最適なパートナーだったと思っています。ただし、ブランドとしての位置づけが高くなればなるほど、お客様からの要求も当然厳しくなる。期待に応えられるよう努力し続けることでしかないのだと思います。

石川)結局のところお客様がブランドを鍛えてくださっているということかも知れませんね。ところで、関根社長もお客としてお店に行かれることもあると思うのですが、一番お好きなスターバックスのメニューを教えていただけますか(笑)。

関根)社内でもよく聞かれます(笑)。店舗でドリンクを注文する時にも「社長は何をオーダーするんだろう」みたいな空気がカウンターに流れていますしね(笑)。好きなメニューはいろいろあるのですが、誰かに聞かれたときには“ダブルトールラテ”と答えることにしています。美味しいのはもちろん、実際に好きなドリンクではあるのですが、これを選ぶのには二つ理由があります。ひとつは銀座松屋通りにスターバックスの国内一号店がオープンした際、一番最初に注文されたのがこのダブルトールラテであるということ。二つ目は、エスプレッソをワンショット追加するというシンプルなドリンクなので、そのお店が提供している味のレベル、バリスタの技術がよく分かるということもあります。

石川)お酒に詳しい人はショットバーなどで最初にシンプルなジントニックを注文してそのお店のレベルを知ることができると聞いたことがあります。関根社長の場合は味のチェックだけでなく、スターバックスの歴史への敬意、お客様への感謝を合わせた選択をされているのですね。

関根)プロのようにまでは味を分析できませんけどね(笑)

個人でなくチームワーク。人への興味がリーダーシップを生む。

石川)最後に、いわゆるサラリーマンからのたたき上げで一大企業の代表を務めていらっしゃるわけですが、昔からそういった向上心をお持ちだったのでしょうか。また、ご自身の経験を踏まえて、ビジネスマンとしてステップアップするために必要だと思われることを教えてください。

関根)出世欲なんて全くありませんでしたね(笑)。大学を卒業してから、まさか婦人服を扱うことになるなんて思ってもいませんでしたし。出世できてもせいぜい課長までかなと(笑)。ステップアップについて強いて言うならば、目の前にある自分の仕事を徹底的に、とにかく一生懸命やることが大前提。その上で、周りを巻き込んでチームとして成果を上げられる、そんなリーダーシップを発揮出来る人には、自然と次のステップの仕事が任されるようになっていくはずです。その為に、まずは自分以外の人たちとの関わりやサポートの中で自分も活かされているということを十分に知ることが大事だと思います。企業とは人であり、チームワーク。自分一人でできることはどうしても限られてきます。相手の年齢や性別、仕事や役職に関わらず、誰に対しても感謝の気持ちを持って、楽しく関係を築けるかどうかが成長への鍵。その為にまず必要なのが周りにいる人への興味や関心ではないでしょうか。私は昔から変わらず、いつも人に興味があったし、人と接することが好きだったのが仕事にも幸いしたのかもしれません。

石川)ステップアップへの第一歩は周りへの興味と関心。興味深いお話です。クロスカンパニーもいま以上に社会に必要とされる企業を目指していきたい思います。ありがとうございました。

関根 純/スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社 代表取締役最高経営責任者(CEO)

1947年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業後、1970年株式会社伊勢丹(現株式会社三越伊勢丹)入社。2000年同社取締役に就任しその後常務執行役員営業本部本店長、執行役員を歴任。2009年には株式会社札幌丸井今井(現株式会社札幌丸井三越)代表取締役社長執行役員を務める。2011年に同社を退任し同年5月スターバックスコーヒージャパン株式会社顧問に就任。6月に同社代表取締役最高経営責任者(CEO)に就任。

石川 康晴

株式会社クロスカンパニー 代表取締役社長。1970年岡山市生まれ。国立岡山大学経済学部卒。京都大学大学院在学中。94年クロスカンパニーを創業。99年に「earth music&ecology」を立ち上げ、現在では他ブランド含めグループ全体で1000店舗まで拡大。2011年9月には中国に進出。宮﨑あおいを起用したテレビCMでも注目を集める一方、女性支援制度の充実、地域貢献活動へも積極的に取り組む。内閣府男女共同参画推進連携会議議員。

編集者PLUG

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