石川康晴の哲学塾 Vol.15
×秋元梢

エッジの効いたスタイルも着こなすアジアンビューティー、数々のファッション誌に出演する人気モデル、秋元梢。角界の頂点を極めた、元横綱・千代の富士を父に持つも、驕ることも慢心することもなく自分の哲学に沿って歩み続ける。一瞬一瞬をハッピーに過ごす、秋元梢の生き方とは。

石川)現在秋元さんは、モード誌をはじめとする数々のファッション誌でモデル活動をするほか、バラエティ番組への出演や、MTVジャパンの番組「SHIBUHARA GIRLS」に主演として抜擢されるなど、たくさんのメディアで活躍されていますね。時には仕事の範囲を越えて、パリコレを見に行ったり様々なブランドのパーティーへ出席するために、ヨーロッパやアメリカ、上海など海外にも頻繁に行かれているそうですが、海外から見て日本をどう感じますか?

秋元)海外に比べると閉鎖的な面があると感じるので、良くも悪くも、やっぱり日本って島国なんだな、と思います。例えば、先日韓国に行ったとき驚いたのが、日本以上にクラブシーンが盛り上がっていたこと。今日本では風営法で厳しく取り締まられていて、クラブシーンが下火になっています。「若者が音楽に親しんで、朝まで踊ること」=「悪いこと」というイメージで定義付けをすること自体が、古くて、閉鎖的な考えじゃないかと感じてしまいますね。そこで自分を解放させて何も悪いこともせず、楽しんでいる人たちもいるのに、それを締めつけると発散するところが他になくなる。もしかすると、それが本当に悪い犯罪などに繋がる危険もあると思います。

石川)風営法などの法律も、それを判断する人の年齢が高いから、若者のそういった文化を理解しにくい、という面もありますよね。だからこそ、若者には政治や選挙にもっと興味を持ち、自分のこととして捉えて参加していってほしいな、と僕は思いますね。

秋元)確かにそうですね。そして、法律を制定するような立場の人のことを、自分たちで選んで決めていく、ということも大切ですよね。

石川)以前から、秋元さんとは同じファッション業界に身を置いていることもあり、お会いして話す機会がたくさんありました。僕から見ると、秋元さんはとても常識人で、道徳心が高く、謙虚な面もある、素晴らしい方なんです。角界の頂点を極めた元横綱・千代の富士がお父様ですが、有名人の娘であるにも関わらず、それを鼻にかけるようなところも全然ないですよね。そういう若い方を見ると、親の教育が良かったんだろうなと感じます。秋元さんにとって、ご両親はどんな存在でしたか?

秋元)父が現役だった、私の幼い頃は特にですが、あまり家にいなかったんですよ。今でこそ、テレビに出ているのも家にいるのも同じ父親だという認識になってきましたが、いまだに父と力士、どこか別々の人間と捉えてしまうような不思議な感覚もあります。父があまりいなかったので、母親が父と2人分の役目を担っていてくれたのだと思います。母は、子どもが『有名人の子』と見られることによって天狗にならないよう、とにかく普通の子どもとして育てる、ということに気をつけていた、と後々聞いたことがあります。そのおかげで、「自分は特別」という勘違いをしたことはありませんでした。有名人の子どもというだけで、チヤホヤする人もいましたし、逆に嫌な思いをしたこともたくさんありました。中学高校ではいじめられて、友達に無視されたり。でも、自分は気が強いので、「負けてたまるか」という気持ちで学校にも行き続けましたけどね(笑)。家にひきこもったりしたら、相手の思うつぼになる、それが悔しくて。もちろん今でも、父の存在は世間から見ても大きいとは思います。でも、その辛い時期を乗り越えたように、自分の性格がこんなふうだから、この世界に入って非難されることがあっても、やっていけてるんだと思います。

石川)モデルやタレントさんだと特に、メディアへの露出も多いし、それだけ非難されることも多いでしょうね。あることないこと言われたりもすると思います。デビューしてから辛いこともありましたか?

秋元)デビューしたての頃は、「二世」ということもあってか、ネットでも悪口しか書かれてないというぐらい、ひどかったですね。もちろん傷つきましたし、自分は何やってるんだろうか?悪口言われるためにこの世界に入ったのかな?と悩んだ時期もありました。でも確かに、デビューしたてで実績もまだない時に、「二世」ということで大きく取り上げられれば非難されるのも仕方ないかな、と思うようになったんです。それから1〜2年ぐらいは、テレビなど誰もが見られる媒体での露出を控えて、ファッション雑誌などで自分の地盤を固めることにしました。その後、テレビ出演の話を再び頂いたので、「今なら自分をちゃんと出せるかもしれない」と思い、出演を重ね、今に至った、という感じです。

石川)僕がこれまで出会った方々も然り、今の秋元さんのお話しを聞いていても思ったのですが、良いカタチで成功している人には、苦労した経験をお持ちの方が多いような気がしますね。

秋元)周りの人を見ていても、何かしらの失敗を経験したことがない人は、相手が自分のために一生懸命尽くして盛り立ててくれているのに、それに気付かず全部自分の力だと思ってしまう傾向があるように思います。私も多くの方に支えられて仕事をさせてもらっているので、自分は絶対にそうならないように気を付けてます。マネージャーさんが飲み物を持って来てくれたら、「そこ置いといて」じゃなくて「ありがとう」と必ず感謝を伝える。人として当たり前のことですが、感謝を忘れず、その気持ちを行動に出していくことで、周りの方々と一緒に気持ちよく仕事ができますよね。

石川)やっぱり、自分を支えてくれている裏方の人たちに感謝を持たない人は、どんな世界でもダメだと思いますよ。秋元さんの場合、お父さんの名前もあるし、特別視されることもあったと思いますが、秋元さん自身は全然そんな扱いを求めているわけではないですよね。なんでそんなに良い性格になれたのでしょうね。

秋元)そんなふうに褒めてもらえると恐縮ですが、父を見て育ったからだと思います。父には「千代の富士」という名前がありますが、誰にでも分け隔てなく接して、驕ったところもありません。まだまだ自分は未熟ですが、私もそんなふうになれたらいいな、と思っています。有名な芸能人の方でも、中には尊大な態度をとる方もいますが、そんなことをしても、みんなが嫌な気持ちになるだけ。私は自分も周りもハッピーに過ごせるのがいいと思います。

石川)ところで、秋元さんの最終目標とか、大きな夢はありますか?

秋元)実は、モデルとしてデビューした当時も、大きな目標は特になかったんです。モデルをしている方だと、女優を目指したり、タレント志望の方もけっこう多いのですが、当時の自分にはそんな展望はなく、ただ目の前のことに夢中で、モデルが楽しくてやっていました。食わず嫌いなところもあり、「演技はやらない。タレントのようなこともしたくない」と極端なことを思っていた時期もありましたが、この世界に入っていろんな方々のお話しを聞いていくうちに、そんな考え方では自分がすごくちっぽけになってしまう、と思ったんです。だから今は、女優の仕事をさせていただき、表現力を身につければモデルの仕事にも活かせることが身をもって分かって、演技のレッスンも始めました。自分から何かをやることに、絶対に損はないと思うようになりましたね。

石川)そのお話しを聞いていると、秋元さんは下積みとか、実績といったものをとても大事にされているように感じます。ひとつひとつのことを修行して自分のものにしていく、という行動も、今の若い子たちには珍しいと思います。

秋元)練習して自分のものにしないと、できないですから。DJとしてイベントに呼んでいただいた時は、有名なDJの方に徹夜で教えてもらいました(笑)。自分が恥をかきたくない、というのもありますが、受けたならきちんとしたい。やっつけ仕事だけは絶対にやりたくないですね。例えばモデルの仕事だと、有名な方がスケジュールの都合などで受けられなかった仕事が回ってくることもあるのですが、それならば、その経緯をきちんと知っておきたい。そうすれば、依頼主がどんなイメージを持っているかも分かりやすいし、なんで自分にチャンスがきたかも分かりますから。その事実を聞いていないと、自分の力で得た仕事だと勘違いしてしまうこともありますし。常に、今の自分の力量を、正しく認識しておきたいと思っています。

石川)本当に、話せば話すほど、秋元さんは自分の考え方や哲学をしっかり持っている方だと思います。良い意味で、普通の女の子と全然違う。若いのに、しっかり自立しているのが素晴らしい。仕事としてではなく、自主的にパリコレを見に行ったり、国内に留まらず、海外にも積極的に出て行く行動力をお持ちですよね。

秋元)行動力があると言われればそうかもしれませんが、純粋に海外にはすごく興味があるんです。パリコレでは、大好きなデザイナーとお会いできたり、ファッションブランドのショーが見れて、本当に楽しかったですし、自ら行動し足を運んだことで、結果的にいろんなブランドが服を貸してくれたり、フロントビューを用意してくれたりしました。逆に先方が私のためにわざわざ服を用意してくださったり、仕事として秋元梢を呼ぶ、というパターンはなかったと思います。自分が行動したことで、ラッキーが付いてきてくれたんです。待っているだけでは、チャンスはこないということを実感しました。

石川)自立と行動力こそが、秋元さんを輝かせる要因なんですね。この『哲学塾』という企画は、これからの次代を担う岡山の若い世代に、各界で活躍する方々の進んできた道や独自の哲学を知ってもらい、自身の糧として受け止めてもらえれば、という思いを込めたものです。人には、その人によって生きる上でいろんな哲学や幸せの感じ方があると思いますが、秋元さんにとって、幸せとは何でしょうか?

秋元)単純で恥ずかしいようなことですよ。美味しいご飯を食べているとき、友達と楽しく過ごしているとき。モデルだと、体型や肌のことを気にして「今日はやめておこう」と美味しい物や楽しいパーティーを諦めてしまう人たちも多いのですが、自分は「いつ死ぬか分からないんだし、美味しいものは食べとこうよ!楽しいこともしよう!」って感じなんです。甘いものを食べるときも、「これ食べたら太っちゃうな」と思いながら食べるんじゃなくて、心底「おいしい!幸せ!」と思って食べる。その一瞬一瞬を楽しんで生きることが、私の幸せですね。もちろん嫌なこともあるし、落ち込むこともありますが、その良い時をひとつでも多く楽しんでいくことが私の人生哲学です。

石川)秋元さんらしい、素敵なご意見をありがとうございます。仕事ももちろんですが、日々の生活やその時々を心底楽しんで過ごしているからこそ、行動力や自立にも繋がっているのですね。秋元さんは、ファッションも大好きと伺っておりますが、秋元さん自身がそこに興味をもったきっかけは何だったんですか?また、読者の方にファッションのアドバイスをするとしたら、どんなことがポイントですか?

秋元)ファッションに興味をもったきっかけは、姉の存在が大きかったですね。最初は姉が持っていたヴィジュアル系バンドの雑誌を見て、衝撃を受けたのがきっかけです。こんなファッションがあるのか、というカルチャーショックと同時に、興味も湧いてきた、という感じです。岡山にもお洒落な方はたくさんいるし、アドバイスというほどのことではありませんが、私自身は、雑誌をファッションの参考にほとんどしないんです。体型も顔も違う人が着る服を自分にあてはめても、似合うことの方が少ないから。だから、自分の特長や活かせるポイントを引き出してくれるようなアイテムをチョイスしています。この黒髪もそのひとつですね。まずは、自分のことをよく知って、そして自分が楽しめるファッションを選ぶ、ということが一番じゃないかと思います。

石川)現在は、岡山一番街のイメージモデルをされており、岡山に来られる機会も増えたかと思いますが、岡山や一番街に対しては、どんなイメージをもたれていますか?

秋元)たまたま岡山出身の友達が多かったので、以前からどんなところなんだろう、と興味はありました。恥ずかしながら、桃太郎のイメージしかなかったんですが、実際来てみると、ご飯がとにかく美味しいし、新幹線も停まってアクセスも良いし、岡山ってこんな良いとこなんだ!と驚きました(笑)。一番街については、交通の利便性も抜群だし、いろんなブランドのショップが凝縮されていて便利で面白いなと感じます。美味しいお店もたくさんあるし、これからももっと岡山の魅力を知っていけたらと思っています。

石川)ぜひ、岡山にもまた遊びに来てください。今日はありがとうございました。

秋元 梢/ファッションモデル

アジアンビューティなビジュアルを活かして活躍するファッションモデル。「Numero TOKYO」等のモード誌から「NYLON japan」「Soup.」など多数のファッション誌に出演。2011年HERMÉS広告の日本代表としてモデルに選出された他、テレビ番組にも多数出演しており、同年に主演として抜擢されたリアリティードラマ「SHIBUHARA GIRLS」は、日本だけでなくアジア16カ国でもO.A.。日本のみならず世界での活躍が期待される。角界の頂点に立った、元横綱・千代の富士の次女でもある。

石川 康晴/株式会社クロスカンパニー 代表取締役社長

1970年岡山市生まれ。95年クロスカンパニーを設立。99年に「earth music&ecology」を立ち上げ、現在では他ブランド含め、国内店舗数約560店舗まで拡大、2011年9月には中国に進出。一方、女性支援制度を中心とした社内制度の充実、環境活動や地域貢献へも積極的に取り組み、東日本大震災で被災者100人の雇用を行ったことでも話題となった。内閣府男女共同参画局推進連携会議議員。国立岡山大学卒。

編集者PLUG

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