石川康晴の哲学塾 Vol.12
×大西 洋(株式会社三越伊勢丹ホールディングス)

日本中のビジネスパーソンのステータスシンボルにしていまやメンズファッションの殿堂、「新宿伊勢丹メンズ館」。婦人服優勢の業界で、当時無謀とも思われたチャレンジを見事成功させ、今春には新たに婦人服売り場を大型改装。“百貨店”の在り方を問い続ける大西氏の仕事哲学とは。

石川)私は二十三歳の時に起業し、当時四坪のセレクトショップから始まった会社が、現在は世界一のアパレル企業を目指しています。最近では、売上高や店舗数の増加に伴って大きくなる経営者としての社会的責任を強く感じています。三越伊勢丹ホールディングスは売上高一兆円規模の大企業ですが、大西社長は、この大企業を経営するにあたって、日々どのようなことを意識されていますか。

大西)売上規模も当然経営する上で重要ではあると思いますが、私自身はそんなに大きな会社ではないと思うようにしています。会社の規模が大きくなればなるほど、組織が複雑になる傾向がある。それが意思決定のスピードの遅れを生じさせるといった弊害を生む要因になりますし、俗にいう大手病といった状況をつくることになると考えているからです。何より会社がいかに大きくなろうとも、会社の利益を生み、伊勢丹のブランドを支えてくれているのはお客様と日々接している現場の従業員ですから。私自身、長く現場でやってきたからこそ、これからも現場を第一に考えていきたいと思っています。それぞれに大変さは違うので一概に比較は難しいですが、自分は社長業をやっているいまよりも現場の時の方が大変だと思っています。これは社内でもよく言っていることなのですが。自分の体調がどうであれ常に笑顔を絶やさず、お客様のご要望に一生懸命沿っていくというのは肉体的にも精神的にも本当に大変なことです。一生懸命働いてくれる現場の人がいて会社が存続出来るんだということを忘れてはいけませんね。

石川)それは私たちも同じですね。当社の場合もいかに事業戦略を組み立てたといっても、売上げは販売員の現場で発揮してくれるマンパワーによるところがすごく大きい。販売員というのは本当に技術のいる専門職であり、現場の大切さというのは私も日々実感します。創業してから私自身も長く販売や経理、流通や人事、いろんな現場を体験してきたので、どのセクションで働いている従業員の気持ちも分かるというのが自分自身の経営者としての強みだと思っています。大西社長は入社後、紳士服に長く携わられていらっしゃいますが、もともとはどんな仕事を思い描いて伊勢丹に入社されたのでしょうか。

大西)お客様と接することによって、そのお客様に喜んで頂くことが自分の喜びになるという思いから、接客業を希望していました。実は大学を卒業する頃、最初はファミリーレストランの店長になりたいと思っていたんです。当時、外食産業の中でも成長期で、実はあるファミリーレストランを展開する会社にほぼ入社が決まっていました。そんな時、ある方から伊勢丹はレベルの高い接客業が学べる上にすごく労働環境が良いというお話しを頂いたのがきっかけで進路を変更し、伊勢丹に入社することになりました。

石川)現在弊社ではトム・ブラウンというブランドを扱っていますが、実は大西社長がバイヤーをされていた時、初めてトム・ブラウンのスーツを国内に買い付けて来られたというお話をお聞きしました。もし大西社長が伊勢丹へ入社されていなかったら私とトムとの出会いも無かったかもしれませんね。

大西)いま思えば行っておけばよかったなと思い返すこともあるのですが、入社してから5年程経った時に、将来の経営に携わる人材を育てるという目的でMBAの取得等を目指せる社内留学制度に参加しないかと声をかけてもらったのですが、入社して以来紳士の接客一筋だった私は断りました。伊勢丹に入社する人間はバイヤー志望が多く、私も現場の仕事をしつつセールスマネージャーを経てバイヤーになるというのが自分のキャリアかなと考えていたので。トム・ブラウンとの出会いはそうして商品部長となり買い付けに行った先でのことです。実は一通り商品の説明を聞いて、一度はそのまま帰ろうと部屋の扉を閉めたんです。当時からスーツとしてはかなりエッジの効いた商品で、正直まだまだ日本で売れる見込みは無いだろうと考えていたのですが、新宿伊勢丹メンズ館の改装も控えていた時期で「こういう高感度な商品が売れる店でなければならない」という思いと、「いま買い付けなければ後で後悔するかもしれない」という自分なりの先見で引き返し発注しました。

石川)大西社長は伊勢丹メンズ館の立ち上げに大きく関わられています。いまでこそ日本を代表する紳士服のメッカとして有名ですが、それまで日本で例の無かったメンズの館を造ろうと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

大西)当社は元々婦人服が圧倒的に強い会社で、毎年メンズのリモデル計画を出すのですが社内的にはなかなか通りません。普通の百貨店では紳士服の売上げは全体の7〜8%程度ですから紳士服に会社をあげて投資していくことは難しいのが当然でした。そんな中で、どのようにすれば紳士服に予算を振ってもらえるかということを考えました。リモデルということは新しいお客様を創造するということですから、「新しいお客様を創造するだけの仮説を持って普段から営業できているか」、考える中で、そのことが会社からも問われているんだということに気づきます。当時から紳士服の中でも「靴」は強い商材でしたから、まずは靴で結果を出すということをバイヤーとともに始めました。英国の高級紳士靴エドワードグリーンという商材を扱うことを決め、ファクトリーを訪ねたのですが当時は全く相手にもされませんでした。年間一万足程しか製作されない希少な靴で、一足が二十万円程。何とか交渉して最初はオーダー会からスタートしましたが、これが一週間で百足を売り上げます。その次にイタリアのシルバノラッタンジという高級靴のオーダー会を開催し、一足百万円程もする靴が一週間で十足売れました。そのお客様の中に広島からお越し頂いた四十代くらいの経営者の方がいらっしゃり、お話をお聞きすると若い頃イタリアに旅行した際、シルバノラッタンジと出会い、自分もいつかこの靴を買えるくらい事業で成功をするんだと思い続けていらっしゃったそうです。良いものを提案すれば、地方からもお客様が来店くださるということもそうですが、全体を通して確実にこれまでと違う新たな顧客を獲得することができ、また、ニーズとして紳士服の市場はまだまだ眠っているということを知ります。このオーダー会での成功を契機に、タイやシャツといった様々なファクトリーの高級品を仕入れ始め、ここから更に新たなお客様を獲得できました。会社に対しても紳士服への投資をするに足るだけの結果を示そうと仮説と検証を繰り返した、これが伊勢丹メンズ館立ち上げの序章になります。当時の上司の中に、旧態依然とした紳士服の世界を変えようという動きに賛同してくれる人がいたことも大きかったです。

石川)仮説と検証を繰り返すことで周りに示していく、大変貴重なお話ですね。話は変わりますが、大西社長が伊勢丹立川店で店長をされていたとき、館内の人と人との関係性が特に良かったというお話をいろんなところでお聞きします。チームの良い関係性というのは思考をポジティブにし、メンバーがスクラムを組んで課題に挑戦していく連帯感と気概を生む、そんな根幹を成す非常に重要なことです。大西社長の考える組織のマネジメントと、店長をされていた時に具体的に心がけられていたことを教えてください。

大西)自分自身がどこまで出来ていたかは分かりませんが、心がけていたのはフロアを毎日しっかりと声をかけながら見て歩くこと。そして、お取引先も含めて従業員一人ひとりの顔と名前をしっかりと覚えることです。当たり前の様ですが、人数の多い組織になるとこれが以外に難しいもの。支店ひとつであれば人数の規模からいっても、なんとか名前と顔がきちっと一致するよう覚えることが出来ます。そんなお互いをしっかりと認識し合える関係性が、館全体の良い雰囲気と働いている人同士のモチベーションを向上させる秘訣だったように思います。何気ない挨拶で名前を呼ばれる、そんな小さなことからでも、個人個人をきちんと尊重し合うという姿勢が大切ではないでしょうか。結局は人と人ですから。

石川)私は当初三十億くらいの企業を目指していましたが、現在は一千億の企業となりました。これまでの過程で最も苦しんだのは三十億から百億を目指していく時期です。取材を受けるような立場になってもまともな受け答えができないし、先輩の経営者と会っても対等に話が出来なかったり。そんなことを感じる度にがむしゃらに勉強しました。岡山大学に通うことを決めたのもその延長なのですが。その甲斐もあって、三十億から百億を目指す時よりも現在の方が動揺せず落ち着いている気がします。この経験から社員にもよく話をするのが目標は高く持った方が良いということ。例えば店舗の店長を目指していた社員が、成果を上げていった結果、どこかの部署の課長に抜擢された場合、きっと困惑すると思うんです。最初から高い目標を掲げておくことで、いろんな状況に俊敏に対応出来る人材が生まれると考えています。大西社長はご自身のその時のスキルや知識とポジションのギャップに苦しまれた経験はないでしょうか。

大西)社長就任当初は本当に実感が持てませんでした。正式に就任する一週間前くらいに分かったことですので少なからず動揺もありましたね。また前任者が業界でも有名な社長でしたので、そういった意味でのプレッシャーもありました。経営に関するマネジメントの知識という点でも、それまでとは違う立場になるわけなのでギャップは感じていました。常に自己啓発をして勉強を続けなければ務まらないポジションだなと痛感しています。前任者からも担当部署の部下からも言われることですが、自分が発する言葉の影響力が以前とは比べ物にならないほど重いということ。このことを忘れない様、自分に強く言い聞かせています。

石川)これは毎回ゲストにお尋ねしていることですが、大西社長が人生の中で幸せを感じられる瞬間とはどんな時でしょうか。

大西)特に心に残っているのは東日本大震災があった日のこと。社員の多くが安全のため店内で寝泊まりをしていました。一夜を明け、まだ気持ちに不安が残る状況にも関わらず明朝六時になると地べたに寝ていた社員が一斉に開店準備を始めたのです。この姿には感動しました。この業界に入って良かった、伊勢丹で働いて良かったと心から実感しましたね。やっぱり百貨店の人間である私にとって、幸せを感じるのは社員が笑顔で元気よく働いてくれている姿とお客様の笑顔を見る瞬間なのだと思います。

石川)ご自身が社長就任期間中にこれだけは成し遂げたいということを教えてください。

大西)百貨店がこれだけ低迷する時代の中で、本当の意味で百貨店の再生を成し遂げたいと思っていますし、それが社会にとっても必要なことだと思っています。当グループでいえば代表格である新宿店を今春大幅改装をしましたが、これを圧倒的な店舗にしなければいけないという使命感を持っています。また、企業として様々なCSR活動も展開しているのですが、これまで以上にダイナミックな活動をしていきたいと思っています。その為に本業でしっかりと利益を上げていける体制を構築するという前提ではありますが。具体的に言えば、今後は地方行政等ともタイアップをし、地方のクオリティの高い産品を盛りあげていけるような活動も思い描いています。

石川)運輸や車メーカーといった巨大企業のCSR活動には目を見張るものがありますが、お客様にとても近い小売業やアパレルが身近な存在としてもっと社会貢献をしていかなければいけないですね。当社も様々なCSR活動を展開していますが、今後も会社の成長と共に社会に貢献していけるよう努力していきたいと思っています。最後に大西社長にとって「百貨店」とは何でしょうか。

大西)小売業にもいろんな業態がありますが、百貨店は昔は小売りの王様と呼ばれた時代があります。百貨店とは非日常の空間であり、館自体がエンターテイメントであることが求められます。そして、百貨店は商品も接客を含めたサービス全てが一級品であり、お客様がそれを享受出来る場所でなければなりません。残念ながらいま低迷する業界を見ても、そのレベルには達していないのだと感じますが。どんな時代、どんな状況でも絶えず「一級品」を追求していく、それが百貨店だと思います。

大西 洋/株式会社三越伊勢丹ホールディングス 代表取締役社長

1955年東京都生まれ。麻布高等学校を経て慶應義塾大学商学部卒業。1979年伊勢丹に入社。入社から紳士服に長く携わり営業本部MD統括部紳士服・洋品営業部商品担当長兼支店担当長などを歴任。執行役員経営企画部総合企画担当長、執行役員営業本部立川店長兼立川店営業統括部長などを経て、2009年4月から伊勢丹常務執行役員と三越取締役常務執行役員を兼任。同年6月から社長に就任。2012年2月1日に三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長に昇格。2003年にオープンした伊勢丹新宿本店メンズ館の立役者。

石川 康晴/株式会社クロスカンパニー 代表取締役社長

1970年岡山市生まれ。95年クロスカンパニーを設立。99年に「earth music&ecology」を立ち上げ、現在では他ブランド含め、国内店舗数約520店舗まで拡大、2011年9月には中国に進出。宮﨑あおいを起用したテレビCMでも注目を集めている。一方、女性支援制度を中心とした社内制度の充実、環境活動や地域貢献へも積極的に取り組み、東日本大震災で被災者180人の雇用を行ったことでも話題となった。内閣府男女共同参画局推進連携会議議員。国立岡山大学卒。

編集者PLUG

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